
グランドスラム優勝、そして東京2020へ 国枝慎吾(その2)
転機は昨年11月の全米オープンの時にやってきた。6-4、4-6、3-6で初戦敗退という結果。その時の相手は世界1位のヒューイットだった。彼のポジションは、国枝にとってはかつての定位置。それが今は追いつき、そして追い越すべき目標選手だ。
この試合では完敗。数字的にはいいところはなった。
「ショットを打つ時、入らないかもしれないとの思いがあった」
自信をもてないままコートに立っていた。それでも、だいぶよくなってきたと新しいバックハンドの手応えは感じていた。
帰国して自宅マンションのエレベータに乗り、そこの鏡を使ってシャドースイングをしていた時のことだ。
「あることが閃いて、急激にこのスイングの意味が分かった気がした。翌日にコートへ出て打ってみたら、おもしろいように入った」
新生・国枝慎吾が誕生した瞬間だった。
これは世界最強のバックハンドをもつヒューイットと実戦で打ち合ったからこそ掴めたスイングなのかもしれない。
「強い相手と対戦した時は、練習ではできないような実力以上のショットを打てる時がある」
これは別の試合について振り返った時の国枝の話だが、今回の全米オープンにおけるヒューイット戦も同じだったのだろう。
今年の1月、そろそろ結果を出せるのではないかと期待しつつオーストラリア遠征に旅立った。
全豪オープン直前、シドニーオープンの決勝で、ヒューイットに6-4、6-4のストレートで勝つことができた。
「全豪をとれる実感が高まった。自信を得られた」
全豪で優勝できるまで何%の仕上がりなのか、冷静に自分を見極められるようになっていた。
その10日後、全豪オープンで優勝。最強国枝が復活した。
「グランドスラム大会に勝ったことで、気持ちはとても楽になった」
強気で知られる国枝だが、この3年は思い通りのテニスができない不安との戦いを続けていた。金メダルを獲ると言葉にすることで自分を鼓舞しながらも、苦しい日々を過ごしていた。その本心が全豪の優勝で垣間見えた。
「まだ100%とはいえない。進化の途中だ。伸びしろを感じている」
国枝はかつて以上の強気で自信満々に話す。
「これまでよりもパワーがついた。誰よりも試合を組み立てる能力があるから、これで僕の戦術に相手を落とし込める。ショットの完成度を上げることが今の課題だ」
国枝は9歳のころ脊髄腫瘍を発病し、車いすを使うようになる。大好きだった野球ができずふさぎ込んでいた時、母親のすすめで車いすテニス教室に通いはじめた。かつてのインタビューで、こう振り返っている。
「最初の試合は負けて悔しかったけれども、勝負するドキドキがたまらなく楽しかった」
その思いは今でも続いていて、全豪オープン優勝をも引き寄せた。そして勝ちへの思いは東京パラリンピックへの原動力ともなっている。国枝慎吾の最強伝説第2章は始まったばかりだ。
取材・文/安藤啓一
写真/吉村もと、ヨネックス提供