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- アンプティサッカーの国際大会、念願の日本初開催!
- 1月16日〜18日、東京・駒沢オリンピック公園で「Amputee Football International Challenge Cup -Tokyo 2026」が開催された。日本初開催となる記念すべき国際大会に出場したのは、日本代表のほか、スペイン、ポーランド、インドネシアの4カ国。快晴の空の下、熱いリーグ戦が行われた。開幕戦となったヨーロッパ2位ポーランドと3位スペインの対決。世界の激しいアンプティサッカーが日本で観られたアンプティサッカーは、切断、四肢機能不全の障がいがある選手が出場するサッカーだ。フィールドプレーヤーは下肢切断など下肢障害者が、ゴールキーパーは上肢障害者が担う。フィールドプレーヤーは「クラッチ」と呼ばれる前腕と手で体を支える補助具を使用してプレーし、故意にクラッチでボールを扱うと「ハンド」の反則となる。ピッチサイズは40m x 60m、7人制で、前後半25分ハーフ(計50分)を戦う。日本にアンプティサッカーが紹介されたのは、元ブラジル代表で日系3世のエンヒッキ・松茂良・ジアスが来日したことに端を発する。2009年に日本アンプティサッカー協会が設立され、本格的に始動した。アンプティサッカーを日本に紹介したエンヒッキ・松茂良・ジアスは選手として出場そのエンヒッキが、今大会にも日本代表として出場している。協会設立から17年、念願の日本初開催となる国際大会なのだ。「日本でアンプティサッカーを始めた時から、ずっと一つの目標でした」初戦となるインドネシア戦を終えた直後、こう語った。2012年ワールドカップ日本開催を誘致予定だったが、前年に起こった東日本大震災のため断念した経緯がある。「日本で国際大会を!」は、現在アンプティサッカーに携わるすべてのプレーヤー、関係者の悲願が結実したものだ。今大会主将を務めた高橋良和も、「感極まり、ピッチに立った瞬間、涙が込み上げてきた」と、声を震わせた。今大会日本代表チームのキャプテンを務めた高橋良和初戦で対戦したのはインドネシア。昨年11月にワールドカップ予選を兼ねたアジア選手権の開催国で、日本代表はこの大会で3位、インドネシアは5位。格下ではあるが、成長中のチームである。初戦のインドネシア戦で君が代を斉唱する先発メンバーゲーム前に円陣を組む日本代表チーム前半、日本は何度もシュートチャンスを作りながらゴールネットを揺らすことができず0−0で折り返す。後半に入り、試合時間32分の場面で後藤大輝が先制点を決めた。ゴール前、左サイドの秋葉海人のパスを近藤碧が繋ぎ、後藤が左足を振り抜いた。先制点を決めた後藤大輝「記念すべき国際大会で初ゴールを決められた。秋葉、近藤が繋いでくれたいいパス、絶対に決めないと、と思っていたので、決められてよかった」(後藤)先制点を決めた後藤に駆け寄る日本代表チーム日本は、その後もゲームを支配し石井賢が2点追加し、3−0で勝利を飾った。2得点を挙げた石井は、このゲームの「Man of the match」を獲得している。初戦で2得点を決め、MOMに選ばれた石井賢「インドネシアと対戦したのは、去年ではなくその前のアジア選手権。すごく成長を感じた手強い相手でしたが、日本チームの良さを披露できたと思う。ただ、前半を含めて何度もシュートチャンスを外すことがあった。もっと、精度を高めていきたい」(石井)先制した後藤は24歳、石井は20歳、アシストした秋葉、近藤は22歳。20代前半の選手が大暴れしている。アシストを決めた秋葉海人期待の若手のひとり近藤碧「若い選手たちの運動量、スピードは日本の武器。頼もしいです」と、重鎮エンヒッキも頬を緩める。日本は、大会2日にスペインと対戦し1−3、最終日はポーランドと対戦し0−3で、3位となった。スペイン戦でナイスセーブを連発したゴールキーパーの上野浩太郎スペインとポーランドは、昨年行われたヨーロッパ選手権でそれぞれ2位、3位。今年7月31日〜8月9日には、コスタリカでワールドカップが開催される。ヨーロッパは、前回ワールドカップ覇者で、ヨーロッパチャンピオンでもあるトルコを含め、アンプティサッカーの激戦区だ。今大会は、今年のワールドカップを見据えた重要な前哨戦でもあった。大会3日間で駒沢陸上競技場に足を運んだ観客は2600人を超えた。エンヒッキが語る。「今大会は、でっかいマイルストーンになったと思う。でも、これがゴールではない。ここからアンプティサッカーの魅力をもっと伝えていきたいと思っています」すべてのゲームは動画配信されている。会場に来られなかった人も、「アンプティサッカーってどんな競技?」と興味を持った人も、クラッチを使うサムライブルーの戦いをぜひ、見てほしい。スペイン戦後、観客に挨拶する日本代表チーム今大会の成績は以下の通り。1位 ポーランド(3勝)2位 スペイン(2勝1敗)3位 日本(1勝2敗)4位 インドネシア(3敗)取材・文/宮崎恵理 写真/吉村もと
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- 『パラスポーツマガジンVol.15』好評発売中! 東京2025デフリンピックに出場した全選手の結果を掲載!
- パラスポーツマガジンVol.15 目次。写真は陸上競技で使用するスタートランプです誕生100周年という区切りの年に、東京にやってきたデフリンピック。81の国・地域と難民チームなどから、過去最多の3081選手が21競技に挑んだ今大会は、運営オペレーションやスポンサー集めなどを代理店任せにせず、既存施設を使って開催された“手作り”の大会でした。競技会場には目標を大きく上回る28万人の観客が足を運び、その後押しを受けた日本の選手たちは、金16、銀12、銅23のメダルを獲得という大活躍を見せました。只今発売中の『パラスポーツマガジンVol.15』では、東京2025デフリンピックを総力特集! 全21競技をレポートし、出場した日本人全選手273名(過去最多)の結果を掲載しています。amazonでぜひお求めください!東京2025デフリンピック 出場全選手<陸上>山田 真樹、村田 悠祐、足立 祥史、岡本 隼、冨永 幸佑、坂田 翔悟、佐々木 琢磨、小原 奏楽、荒谷 太智、湯上 剛輝、遠山 莉生、森本 真敏、石田 考正、樋口 光盛、長内 智、中村 大地、北谷 宏人、齋藤 丞、中村 大地、佐々木 昴、青山 拓朗、中野 洸介、山中 孝一郎、髙田 裕士、石本 龍一朗、佐藤 秀祐、井上 幌太、髙居 千紘、須山 勇、中西 椋、岡部 祐介、堀口 昂誉、生井澤 彩瑛、猿樂 彩香、今野 桃果、岡田 海緒、中村 美月、安本 真紀子、嶋田 裕子、北川 朋恵、上森 日南子、境橋 真優、川口 穂菜美、古川 瑛梨奈、高橋 渚、門脇 翠、荒谷 太智、島倉 杏奈<バレーボール>梅本 綾也華、平岡 早百合、石原 美海、戌丸 奈美、梅本 沙也華、岡田 夕愛、尾塚 愛実、栗林 愛美、佐藤 愛莉、高橋 朋伽、髙濵 彩佑生、中田 美緒、長谷山 優美、松永 彩珠、明山 哲、井上 樹、大坪 周平、狩野 拓也、坂下 真一、篠崎 賢大、杉田 彰吾、高橋 竜一、田中 友祈也、中橋 薫哉、眞謝 茂伸、安田 晃斗、藪野 英、山本 剛志<サッカー>則末 遼斗、松元 卓巳、奥元 伶哉、杉本 大地、仲井 健人、名村 昌矩、中尾悠人、堀井 聡太、齋藤 心温、岡田 侑也、湯野 琉世、星河 真一郎、瀧澤 諒斗、西 大輔、古島 啓太、岡田 拓也、林 滉大、桐生 聖明、江島 由高、原口 凌輔、岡井 舜、竹下 勇希、森重 英威豪、國島 佳純、阿部 菜摘、石岡 洸菜、岩渕 亜依、宮田 夏実、東海林 香那、酒井 藍莉、西田 波琉、榊原 莉桜香、増田 香音、川畑 菜奈、小森 彩耶、髙木 桜花、久住呂 文華、杉本 七海、髙橋 遥佳、伊東 美和、宮城 実来<オリエンテーリング>小嶋 太郎、児玉 健、尾田 継之、堤 大揮、木村 修、丘村 彰敏、三宅 裕子、中森 恵美子、辻 悠佳、上園 久美子<水泳>茨 隆太郎、荒川 輝久、久保 南、串田 咲歩、金持 義和、星 泰雅、野村 空和、串田 咲歩、中東 郁葉、村岡 翼輝、川眞田 結菜、齋藤 京香、平林 花香、池田 伊吹、吉瀬 千咲、吉田 琉那<バドミントン>矢ケ部 紋可、矢ケ部 真衣、鎌田 真衣、長原 茉奈美、沼倉 昌明、太田 歩、永石 泰寛、森本 悠生、沼倉 千紘、片山 結愛<柔道>蒲生 和麻、深澤 優斗、水掫 瑞紀、高橋 朋希、岸野 文音、衣川 暁、吉良 暁生、佐藤 正樹、岡本 記代子<テニス>菰方 里菜、鈴木 梨子、宮川 百合亜、杉本 千明、宮川 楓雅、今井 悠翔、親松 直人、玉光 隆弘<卓球>亀澤 理穂、木村 亜美、山田 瑞恵、山田 萌心、川口 功人、亀澤 史憲、伊藤 優希、灘光 晋太郎<自転車>藤本 六三志、郷原 輝久、田中 航太、早瀨 憲太郎、簑原 由加利、早瀨 久美、箭内 秀平、北島 湊<ハンドボール>翁 孝嘉、加賀屋 圭一、坂本 州、小林 優太、水嶋 貴一、大崎 英人、大西 康陽、津村 開、辻井 隆伸、定野 巧、林 遼哉、淺井 啓太、齋 亮人、船越 弘幸、三秋 和郎、岩﨑 先育<バスケットボール>若松 優津、加藤 志野、丸山 香織、羽田 まりな、川島 真琴、小鷹実春、藤田 彩音、沼口 紗也、和田 七海、加藤 志希、橋本 樹里、豊里 凜、安藤 勇輝、合田 尚平、森井 涼太、越前 由喜、井上 和、山田 洋貴、高山 和也、加藤 亮太、飯島 悠祐、北村 遼、手塚 清貴、稗田 諒<空手>森 健司、小倉 涼、湯澤 葵、森 こころ、金子 陽音<テコンドー>星野 萌<レスリング>曾我部 健、渡辺 健太、久米田 忠裕、船川 真央、三浦 桂吾<ゴルフ>前島 博之、渕 暢之、袖山 哲朗、辻 結名、中島 梨栄<射撃>前島 博之、渕 暢之、袖山 哲朗、辻 結名、中島 梨栄<ビーチバレー>瀬井 達也、今井 勇太、寺井 捺貴、山本 将隆、伊藤 碧紀、堀 花梨、境出 ゆきえ、八木沢 美穂<ボウリング>戸羽 康之、石井 和一、小松 博臣、山本 正則、中村 洋三、進藤 隆夫、佐藤 杏奈、北川 晴子、櫻庭 まどか、村野 美幸、金城 祥子、佐藤 浩美
- ブラインドサッカー「LIGA.i」第2節、buen cambio yokohamaとfree bird mejirodaiが勝利
- buen cambio yokohamaの決勝シュートを決めた齋藤悠希4チームによるブラインドサッカーの国内トップリーグ「LIGA.i (リーガアイ)2025」の第2節が2025年12月7日、フクシ・エンタープライズ墨田フィールド(東京都墨田区)で開催され、2試合が行われた。第1試合ではbuen cambio yokohamaが品川CCパペレシアルに1-0で勝利した。buen cambioはLIGA.i創設4年目にして初得点、初勝利で、勝ち点3を得て今季暫定2位に浮上した。buen cambio yokohama、LIGA.i初白星決勝弾を決め、試合ごとに選出される「Player of the Match」を受賞したbuen cambioの齊藤悠希は、「(4年間)なかなか結果が出ず、今シーズン結果が出なかったら、来年は(LIGA.iに)出られないんじゃないかっていうのもあったので、初得点で初勝利という両方を味わえたのはとても嬉しいです」と白い歯をこぼした。会心の一発は前半11分、ゴール前左から中央へのドリブル突破から生まれた。相手の守備陣形を感じ取り、「クロスにシュートを打てばいいと、右足を振り抜いた。体が流れずに逆サイドに蹴れました」というボールがゴールネットを揺らした。得点を決め、サポーター席にガッツポーズを送るbuen cambio yokohama齋藤悠希(右)守備面ではパペレシアルのエース、川村怜のドリブル突破をチームとして最も警戒していたという。この日、川村とのマッチアップを主に担い、好守を見せたbuen cambioの和田一文は「チームが勝つために何ができるか、強い気持ちでいったのがよかったかなと思います」と振り返った。品川CCパペレシアルの川村怜(左)のドリブルをチームで守るbuen cambio YokohamaLIGA.i初勝利まで4年かかった。「やっぱり落ち込んでしまう選手も結構いました。(これまで)惜敗が多く、僕らはもう勝てないんじゃないか、LIGA.iに出てもいいのか、みたいな気持ちになっている選手も多かった。そういった中で今日、結果を残せたのは『自分たちはできる』という自信になります」と今後につながる手応えを口にした。buen cambioはこの勝利で初優勝の可能性も残した。注目の最終節は地元、横浜市での初開催が決まっている。齋藤は、「ありがたいことに横浜で開催していただくので、僕たちも運営にも関わり、多くの人に見てもらえるように働きかけをしていきたい。そして、ホームでやる以上は見に来てくださる人たちに勝利を届けたい。それが横浜や神奈川でのブラサカの発展に一番つながると思います」と意気込んだ。Liga.i初勝利をサポーター席に報告するbuen cambio Yokohamaチーム敗戦で暫定3位となった昨季覇者のパペレシアル、小島雄登監督はボールを奪ってから両サイドへ展開する攻撃を狙っていたが、buen cambioの好守に阻まれた。「結局、川村のドリブルになったが、こじ開けられなかったです」と振り返り、最終節に向けては、「個人技の向上」と「チームで過ごす時間を増やす」ことを課題に挙げ、巻き返しを誓った。free bird mejirodai、2年ぶり優勝に王手埼玉T.Wingsゴールにドリブルで迫る北郷宗大(左)第2試合では、前節で暫定首位に立ったfree bird mejirodaiが埼玉T.Wingsに3-0で勝利。暫定首位を守り、2023年大会以来、2度目の優勝に大きく前進した。free birdが攻守にわたって終始圧倒。前半9分に北郷宗大が先制すると、後半には園部優月が3分、7分に2ゴールを加え、突き放した。「Player of the Match」に選出された園部は、「1点目は鳥居(健人)さんや北郷(宗大)とかが一気に攻めあがって決定機をつくってくれたチャンスを僕が最後に得点につなげた。みんなのおかげで得点がとれました。2点目はコーナーキックからの得点。右サイドからカットインして得意でないほうの左足で点が取れたのはひとつ自信になりました」とうなずいた。次の最終節では昨年王者のパペレシアルと対戦する。園部は、「強いチームだが、そこも圧倒し、『free bird強いな』と思われるように、そして、応援に来てくれた皆さんに『楽しかった、また応援したい』と思ってもらえるように、チームとしてレベルを上げていきたい」と力を込めた。free birdの山本夏幹監督は、「もっと苦しいゲームになると思っていました。選手は非常に頑張った」と称えた。「前半の早い時間帯でゲームを支配する1点目をまず取ること」をチームに指示していたと言い、「そういう意味では、北郷選手が貴重な1点を取ってくれた。狙っていた形で、価値の高い1点目でした」と勝因に挙げた。最終節のチケット販売中なお、LIGA.iは2022年に新設されたリーグ戦で、実力やチーム運営状況など参加要件を満たしたチームのみが出場できる。これまで、初代王者は埼玉T.Wingsで、2年目はfree bird mejirodaiが、3年目の昨季は品川CCパペレシアルが優勝と、実力拮抗の試合展開が魅力だ。今季の王者が決まる第3節は2月23日、横浜武道館(横浜市)を舞台に行われる。第1試合はbuen cambio対T.Wingsが、第2試合はmejirodai対パペレシアルの2カードが組まれている。観戦チケットも1月13日より販売が始まった。全席自由席で、1試合のみ、または2試合通しチケットが選択できる。また、アクセシビリティエリアチケットや会場内ストアで使える500円券付チケットなど各種用意されている。詳細・購入はチケット特設ページ(https://liga-i.b-soccer.jp/tickets)から可能となっている。▼LIGA.i ブラインドサッカートップリーグ2025大会特設サイトhttps://liga-i.b-soccer.jp取材・文・写真/星野恭子
- ミラノに向けて!パラアイスホッケー全国クラブ選手権大会レポート
- 2025年12月6日〜7日、東京辰巳アイスアリーナで第34回パラアイスホッケー全国クラブ選手権大会が開催された。出場したのは、北海道ベアーズ、東京アイスバーンズ、長野サンダーバーズ、東海アイスアークス、ロスパーダ関西の5チーム。東京の堀江航(左)。日本代表ではゴールキーパーを務める。車いすバスケ、車いすソフトボール、ブラジリアン柔術など多方面で活躍するマルチアスリートだ会場となったのは、以前は国際規格の競泳プールとして親しまれてきた「東京辰巳国際水泳場」。今年9月に改修が完了し、新たに東京都立としては初となるアイスリンクに生まれ変わった。日本代表は、今年11月にノルウェーで行われた最終予選で優勝し、3月に開幕するミラノ・コルティナ2026パラリンピックへの出場権を獲得。平昌大会以来8年ぶりとなるパラリンピック出場を決めた選手たちが揃い、クラブチームの日本一を決める大会だ。第1試合は、東海アークス対ロスパーダ関西。ロスパーダ関西には、ノルウェーでの最終予選でベストフォワードにも選出された伊藤樹が在籍しており躍進が期待されたが、3-4で敗れた。第2試合は、北海道ベアーズ対東京アイスバーンズという、どちらも歴史あるクラブ同士の戦い。東京アイスバーンズが2-1で北海道ベアーズを下した。続く第3試合は、大会7連覇を達成している長野サンダーバーズと、第1試合の勝者・東海アイスアークスとの対戦。5-4で長野サンダーバーズが勝利した。大会2日目の第1試合は、北海道ベアーズ対ロスパーダ関西。伊藤がゲーム序盤の41秒で先制し、第1ピリオドでは2-1とリードするが、第2ピリオドで北海道ベアーズが覚醒した。2010年バンクーバーパラリンピックの銀メダルを経験しているベテランの須藤悟、三澤英司、さらにこの2人とともに日本代表としても活躍する森崎天夢の3人が得点を重ね、5-3で試合をひっくり返す。最終第3ピリオドで三澤、森崎が追加点を挙げ、追いすがるロスパーダ関西を7−4で制した。パラリンピックで活躍が期待される日本のエース・伊藤樹(右)。左は日本代表のベテラン・須藤悟最終戦は、長野サンダーバーズと東京アイスバーンズによる決勝戦。互いに守備が固く、なかなかゴールが決まらない。均衡を先に破ったのは、長野だった。日本代表として平昌大会出場メンバーである熊谷昌治、吉川守のダブルアシストで若手日本代表の新津和義が先制した。第2ピリオドに入ると、長野サンダーバーズは立て続けにシュートを打ちまくる。熊谷、新津、さらに永井涼太がゴールを決め、5-1と突き放す。第3ピリオドで東京アイスバーンズも巻き返すが届かず、最終的に6-3で長野サンダーバーズが勝利。大会8連覇を達成した。長野の熊谷昌治(左)と東京の石川雄大(中)の競り合い優勝した長野サンダーバーズパラリンピックで活躍が期待される選手が躍動「すごく楽しかった!」開口一番、そう語るのは、若き日本代表のエース、伊藤。「今大会には、小学生選手も出場しています。僕もその子たちと同じように小学生の頃からホッケーを始めました。当時はスレッジで転んでも一人では起き上がれなかった。僕の成長した姿を見て、みんなも頑張ってほしいと思います」アメリカでの武者修行を経て、来年3月には、初のパラリンピックに挑む。「最終予選でのノルウェー戦と同じクオリティを、全試合通じて出し続けたいです」東京のコーチとして指示を出すブラッドリー・ボーデン。元カナダ代表で日本代表ハイパフォーマンスディレクターも務める一方、1998年長野大会で初出場した三澤、吉川、2002年ソルトレイクシティ大会から活躍する須藤ら、ベテランも健在。親子ほど歳の離れた大ベテランと伊藤、森崎らは、2023年以降就任した宮崎遼コーチ、元カナダ代表選手であるブラッドリー・ボーデン(ハイパフォーマンスディレクター)のもと、スレッジを使用するパラアイスホッケーの基礎と戦略を身につけてきた。その成果が炸裂した今大会。来年のミラノ・コルティナパラリンピックにも期待したい。今大会の成績は以下の通り。1位 長野サンダーバーズ2位 東京アイスバーンズ3位 東海アイスアークス4位 北海道ベアーズ5位 ロスパーダ関西取材・文/宮崎恵理 写真/吉村もと
- パラアルペンスキーのエース、森井大輝&村岡桃佳、ミラノ・コルティナ2026大会へ視界良好!
- ミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピックまで約4カ月となった10月30日、アルペンスキーで日本代表への推薦選手に内定している森井大輝と村岡桃佳が、ともに所属するトヨタ自動車主催の取材会に参加し、現時点での調整状況や大会への意気込みなどを語った。長い競技歴のなかで「今が1番」と思えるくらいスキーが楽しいと言う森井は、自身7回目のパラリンピックに挑む45歳のベテラン、森井は過去6大会でメダル7個を獲得しているが、まだ金はない。「パラリンピックは毎回、大きすぎて、鼻息を荒くしてしまって失敗。気負わずに、心の底から楽しみきれたときに、一番いい色のメダルにつながると思います。機は熟しました」と闘志を燃やす。村岡は過去3大会で金4個を含む9個のメダルを獲得し、“冬の女王”と呼ばれている。4回目のパラリンピックは、「3大会連続の金メダルを目指す大会」と位置づけ、「順調にコンディションを上げています。年齢を重ねるごとにパラリンピックの重さを感じます。責任、覚悟、プライドをもって臨みたいです」と見据える。取材会では競技用具も話題に上がった。車いすユーザーの森井と村岡は競技ではチェアスキーを使い、ともに「身体の一部」というほど重視している。近年は同社開発部の協力も得て、チェアスキーの開発や調整に取り組んでいる。競技人生で今が最高に楽しい!森井は「人機一体」をテーマにチェアスキーの開発、調整に長年取り組んできたが、2022年の北京冬季パラリンピック後に改めて、「イチから見直し、フルモデルチェンジした」という。こだわったのは、「上半身の安定性」だ。上半身が不安定だと目線が安定せずに恐怖心が強まるし、次の動きに入るのが遅れてしまいタイムロスにつながるからだ。膝の代わりに、斜面変化による衝撃を吸収するサスペンションは単純に上下するだけでなく、重心の動き方などから再検討し、ジオメトリーと呼ばれる取り付け位置にもこだわった。空気力学も考慮し、フレームやパーツの設計も見直した。そうして作り上げたチェアスキーは、衝撃吸収性が高く、空気抵抗も減って身体への負担が大幅に減少。「時速100kmでも鼻歌まじりに滑れるし、思い通りに操れて、どんどんどんどん攻められます。めちゃめちゃいいスキーが初めて、できました。長い競技歴のなかでたぶん、『今が1番』って思えるくらいスキーが楽しいです」と白い歯を見せた。これまでのスキーはスピードが上がるにつれてフレームが暴れだし、「危ない」と感じた森井が減速せざるを得なかったが、現在のチェアスキーは限界が高まり、「むしろ一生懸命に自分の限界を上げてスキーに合わせているような感じ。初めてチェアスキーと勝負をしながら滑っているというか・・・。それが本当に楽しい。親身になって開発してくださっている方たちに感謝したいです」とうなずいた。ミラノ2026大会のコースは今年4月、「100㎞くらいは試走し、斜面の起伏などは頭に入った」という。高速で斜面変化も大きく、後半にはジャンプポイントもあり、過去6大会と比べて、「最高難度かもしれません。一瞬の気の緩みが、そのまま結果に繋がってしまうコース。スタートからゴールまで、どれだけ自分の思い描いたラインをトレースできるかが重要だと思います」と見る。大きな武器となるのが、新調した自慢のチェアスキーだ。状況に応じてジオメトリーやサスペンションの硬さも変えられるほど、「変幻自在。高速系でも技術系でも十分戦えるだけのキャパがあります」と、高い信頼を寄せる。実は今年4月、ミラノ大会を最後に競技の一線から離れる意向を示していた森井。だが、昨年11月の海外遠征中に折った右肩甲骨も順調に癒え、スキーも含めた順調な仕上がり具合に、翻意の可能性ものぞかせた。「今季を見て、今の自分がどう戦えるのかを見極めたいです。速く滑れるなら、辞める必要はないのかなって」森井にとって、パラリンピックでの金メダルは悲願だが、まずは、「今シーズンの開幕戦が重要。しっかりと準備してピークを持っていく。で、そこからまた、どうしていくかを考えたいです」。唯一無二のチェアスキーとともに、7回目のパラリンピックイヤーを駆け抜けるつもりだ。乗りやすいスキーになって、幸せ4月上旬にケガをしたものの現在は「パラリンピックも問題なく臨めると思う」と村岡の調整は順調なようだチェアスキーの開発や調整はデータだけで行えるものでなく、選手個々の好みや感覚なども重要な要素だ。簡単ではないし、一律でもない。村岡のチェアスキーも基本的な設計やパーツは森井のものと変わらないというが、微調整を繰り返し、カスタマイズを進めている。開発部との協働体制について、「『こうしてみましょうか』と提案してくださったり、私が『こういうことをしてみたい』と言えば、『じゃあ、そうしましょう』って、雪上ですぐに全部やってくださる。だから、1本1本の(滑りに)変化が見えてすごく楽しいし、乗りやすいスキーにしてもらっています。やりがいが感じられて、幸せです」と充実感をにじませた。むあ調整は今も継続中で、今後もさまざまなトライをしながら本番を迎えることになるが、12月上旬から始まる今季初戦で「自分の現在地がどの辺なのかを確認することが楽しみ」と、すでに手応えも感じている様子だ。今年4月上旬、海外遠征での雪上練習中に転倒して右ひじを脱臼し、じん帯を損傷したが、約1カ月半の入院、3カ月ほどのリハビリを経て練習に復帰。雪上トレーニング再開時にも「意外と滑れるな」と安堵し、現在は、「パラリンピックも問題なく臨めると思います」と順調な調整ぶりをうかがわせる。ミラノ2026大会まで残り4カ月余りだが、「ずっとスキーのことばかり考えているとパンクしてしまうので、オフの時間もつくりながら、集中とリラックスで充実した期間にしたいです」。オフの楽しみは、「年間パスをもっている」というサンリオピューロランドでの息抜きだとにっこりした村岡。オンオフをうまく切り替えながら、決戦の舞台で最高の集中力を発揮できるよう高めていく。取材会はトヨタ自動車所属のミラノ・コルティナ2026オリンピックを目指す選手たちと合同で行われた。前列左から森井大輝、村岡桃佳と、それぞれのチェアスキー。後列左から堀島行真(フリースタイルスキーモーグル)、 吉永一貴(スケートショートトラック)、平井亜実(同)、平井亜実(同)、渡邉碧(同) 写真提供/トヨタ自動車取材・文/星野恭子 写真/トヨタ自動車(集合写真)、星野恭子
- 車いすバスケ男女日本代表、アジア・オセアニア王者を争う決戦の舞台へ。「世界への挑戦」に注目!
- 11月7日にタイ・バンコクで開幕する車いすバスケットボールの2025アジア・オセアニア選手権大会(AOC)を前に、男子ハイパフォーマンス強化カテゴリーの国内合宿(東京都内)が10月31日に公開された。紅白戦で強化してきた成果を披露したほか、AOC代表12選手が大会への意気込みなどを語った。AOCは来年9月にカナダ・オタワで開催される世界選手権の予選となる重要な大会だ。男女それぞれ上位2チームに世界選手権への出場権が、さらに3、4位チームには世界最終予選への出場権が与えられる。日本男子代表は世界選手権への出場権獲得、さらに、AOC制覇も目指している。2025アジア・オセアニア選手権大会の日本代表に選ばれた12選手合宿公開日には紅白戦が行われた日本男子は東京2020パラリンピックで銀メダルを獲得後、「世界王者を争う大会」から遠ざかっている。2022年のAOCは新型コロナウイルス感染症の影響により大会を途中棄権したため、翌23年の世界選手権の出場権を獲得できなかった。さらに、昨年1月のAOCでは4位に終わり、パリ2024パラリンピック出場も逃していた。キャプテンの川原凜(右)は「AOCの借りはAOCでしか返せない。応援を力に変えて、タイに乗り込みたい」と決意を語った世界への再挑戦を期すAOCに向け、キャプテンの川原凛(ローソン)は、「パリ予選のAOCに負けて悔しい思いをして、チームの一人ひとりがもう一度、バスケットボールと向き合う期間をもちました。練習内容を変えたり、環境をガラッと変えたりした選手もいるなか、この12人が選ばれました。あとは練習してきたことを自信をもってやるだけ。AOCの借りはAOCでしか返せない。応援を力に変えて、タイに乗り込みたいです」と、並々ならない思いで臨む。京谷和幸ヘッドコーチ(HC)はパリ予選敗退後の再始動にあたり、「我々はチャレンジャー。何もない、むしろマイナスからのスタート」と、選手に話したという。改めて、それまで築き上げてきた、「ジャパンスタイル」の継続を強化方針に掲げ、ジャパンスタイルとは攻守の切り替えが速い「トランジションバスケ」の遂行と相手より1.5倍の運動量で築く「強固なディフェンス」を柱にした日本代表の基本戦略だ。ジャパンスタイルを遂行するためにこの1年半、チーム皆がフィジカルやベーシックスキル、メンタルを磨き、チームの課題である決定力やハーフコートオフェンスなどにも取り組んだ。攻守にわたって強化を進め、オフェンスでは、「トランジションの速い展開のなかで状況判断や決定力を追求。ディフェンスも戦術によってラインアップを替えられるほどに厚みが増したという。その成果の進捗を確認したのは今年8月だ。ドイツで開かれた「ネーションズカップ」で8チーム中3位に入り、「僕も選手も、ある程度、自信を取り戻せた。これはいけるなというものができた」と手応えを得た。満を持して臨むAOC男子の部には、日本を含めた6チームからなるディビジョンAと、9チームのディビジョンBが参加する。それぞれ総当たり戦を行い、Aの6チームにBの上位2チームを加えた8チームが決勝トーナメントに進む方式で頂点を争う。日本男子の初戦は11月8日、パリパラリンピック5位のオーストラリア戦だ。翌9日は前回AOC準優勝のイランと顔を合わせ、以降は韓国(10日)、タイ(11日)、中国(12日)と戦う。13日から決勝トーナメントが始まり、15日の決勝まで負けられない試合が続く。京谷HCは「簡単ではないが、AOCを制覇できる力はついてきています。1戦目(オーストラリア)、2戦目(イラン)を全力でつぶしにいきます」。初戦からの連勝で弾みをつけ、頂点まで駆け上がるプランを描く。「AOCチャンピオンになることが僕らの成し遂げるべきこと」とエースの鳥海連志選手たちもそれぞれ、磨いてきた強みを武器にチームへの貢献を誓う。エースの鳥海連志(プロ車いすバスケットボールプレーヤー)は、「パリ予選後から、ここに向けて強化してきたので、集大成を出します。AOCチャンピオンになることが僕らの成し遂げるべきこと」と言い切る。その達成に向け、鳥海はポイントゲッターを自任し、シュート力に磨きをかけてきたという。先発起用が濃厚の髙柗義伸(キッズコーポレーション)は、「スタートとしてゲームを作らないといけないので難しいですが、12人を、選手を、代表してゲームに出ます。責任感を持って、しっかりしたスタートを切りたい」と力強く、古澤拓也(WOWOW)はゲームチェンジャーとして、「試合の流れを変える選手でありたいです。目標はチャンピオンになりたいことに尽きます」と意気込む。パリ予選後、ドイツリーグに移籍した赤石竜我(コロプラ)は、「海外選手の強くて荒いコンタクトへの受け流し方や日本人とは違うバスケへのアジャストは、十二分に学べました」と収穫を挙げる。AOCでは、「1試合目から全開でいき,勝利への執念、執着を見せたいです。チームの勝利につながるなら泥臭いプレーも喜んでやるし、自分が決めるべきときは責任をもって決めたいです」と力を込めた。ベテラン藤本怜央は「誰よりもハッスルし、エネルギーを発信する存在でありたい」とコメント「日本を世界の舞台に戻すことが絶対的な使命。それしか考えてこなかったです」と話すのは、5大会連続パラリンピック出場のベテラン、藤本怜央(SUS)だ。韓国など海外リーグにも挑戦しながら自らを鼓舞し、フィジカルも15㎏減量し、下半身も強化した。「連戦でも安定したパフォーマンスを出せています。3ポイントもほぼ止まった状態からでも打てるようになりました。速いトランジションのなかで心拍数が上がっていても決めきるよう鍛えてきました」と胸をはり、「誰よりもハッスルし、エネルギーを発信する存在でありたい」と、活躍を誓う。なお、AOCには日本女子代表も出場し、2位以内に入って2大会連続となる世界選手権の出場権獲得を目指す。女子は日本も入るディビジョンAがオーストラリア、中国との3チームで2回の総当たり戦を行って順位を決め、同Bは6チームで総当たり戦を行い、1位チームがAの3チームに加わって、準決勝、決勝へと進む方式で行われる。日本は初戦(8日)と11日に中国と、9日と12日にオーストラリアと戦い、決勝戦を目指す。大会の模様はIWBF(国際車いすバスケットボール連盟)のYouTubeチャンネルでライブ配信が予定されている。男女車いすバスケ日本代表による「世界への挑戦」に、注目だ。文・写真/星野恭子
- 車いすテニスのドリームマッチ開催! 国枝・小田組 VS 三木・眞田組
- 10月12日、有明コロシアムで車いすテニスのエキシビションマッチが行われた。今年9月、車いすテニスでグランドスラム4大会タイトルとパラリンピックの金メダルを制覇し、生涯ゴールデンスラムを達成した小田凱人(東海理化)が登場。男子車いすテニス界きってのレジェンド・国枝慎吾氏とペアを組み、世界ランキング10位の三木拓也(トヨタ自動車)、同45位の眞田卓(TOPPAN)組と対戦した。これは、第100回全日本テニス選手権2025の記念事業。大会最終日に、1日限りのドリームマッチが実施されたのである。エキシビションマッチに登場した左から三木拓也、眞田卓、小田凱人、国枝慎吾氏小田のサービスで試合が始まる。序盤から切れ味の鋭いサーブを繰り出し、三木/眞田組を圧倒。が、三木/眞田組もすぐに息を合わせ、2、3ゲームを連取して主導権を握り返した。レジェンド国枝氏も現役時代を彷彿とさせる力強いサーブを放ち、巧みに小田を生かす展開で応戦する。エキシビションらしく、コートチェンジの合間に会場MCによる短いインタビューが入る。ゲーム中、眞田が意表をつくアンダーハンドサーブを繰り出すなど、普段の公式戦とは異なる場面も見られた。また、返球されたボールが国枝の車いすに当たり、「ボールタッチ」で失点するという、現役時代には見られなかった珍しいシーンで、観客を沸かせた。三木/眞田組が4−2でリードした時点で、40分間のエキシビションが終了した。小田(上)と国枝氏(下)という生涯ゴールデンスラマーがペアを組んだ「100回記念の全日本テニス選手権という歴史ある大会の中で、車いすテニスの試合をさせていただいたのは光栄です。このようなエキシビションをしたのは、2004年アテネパラリンピックで金メダルを獲得した後、当時ダブルスを組んでいた齋田悟司選手と一緒に参加した時以来。当時は、車いすテニスを知っている人はほとんどいませんでした。20年を経て、今日はこの競技をよく知る観客の前でプレーすることができた。時代の変化を感じましたね」(国枝)「国枝さんはもちろん、対戦した三木さんも眞田さんも、僕が初めて車いすテニスを知ったロンドンパラリンピックやリオパラリンピックで大活躍していた選手。この3人と一緒に試合ができたのは、とても感慨深いです。いつもの試合とは違う高揚感がありました」(小田)「実は、この4人は2022年ポルトガルで開催されたワールドチームカップに出場したメンバー。当時、国枝さんが世界ランキング1位で、小田選手が10代で初めてメンバーになって、とても初々しかったことを思い出していました。今日も、白熱した試合を見せることができたのかなと思います」(眞田)「わずかな時間でしたが、レベルの高いプレーが見せられたのではないかと思っています。これを見た子どもたちが何かを感じとってくれたら嬉しいですね」(三木)三木(右)・眞田(左)組も奮闘し、ゲームは白熱3年前のワールドチームカップではニューカマーとして出場した小田が、憧れのレジェンドと国内でペアを組んでプレーを見せるのは初めてのことだ。「小田選手の武器であるパワーを、隣でプレーしながら“うわ、すごいな”と純粋に感動する場面もあった」と、国枝氏も称賛を惜しまなかった。エキシビションマッチとはいえ、両ペアとも真剣そのものだった。「試合前は、それぞれマイクを装着して喋りながらプレーするスタイルを考えたりもしていたようですが、おそらく観客が見たいのはそういうことじゃない」(国枝)。「車いすテニスの“本気“をお見せしたかった」(三木)4人の思いは、スタンドに届いたはずだ。一方で、「いや、万一マイクをつけたら、笑いを取らなくちゃいけないじゃないですか。そっちの方がハードルが高い。プレッシャーに耐えられない(笑)」と、国枝氏が笑いを誘った。現役を退いてからは久しぶりの実戦。国枝氏は、このエキシビションマッチのため「1週間特訓した」と明かす。「第100回の記念大会に恥ずかしいプレーはできませんから(笑)」9月には同じ有明テニスの森公園で男子プロツアーの公式戦である木下グループジャパンオープンが開催され、車いすテニス部門も行われている。車いすテニスが、テニスの魅力あるカテゴリーとして確かな地位を築きつつある。それを改めて実感させるイベントだった。文・写真/宮崎恵理
- 【ニューデリー2025世界パラ陸上: 番外編】義足のレジェンド、マルクス・レームが8度目のタイトル防衛! そして、新天地でさらなる高みへ
- 2回目にシーズンベストの8m43を跳び、ドイツのマルクス・レームは8度目の世界チャンピオンに輝いた“パラスポーツ界の顔”ともいえるスター、マルクス・レーム(ドイツ)が10月3日、「ニューデリー2025世界パラ陸上競技選手権大会」のT64(下肢障害)男子走り幅跳び決勝を制し、自身8度目の世界選手権優勝を果たした。パラリンピックでは4連覇中で、世界記録(8m72)ももつ37歳の絶対王者はこの日、2回目の試技でマークした8m43で金メダルをつかんだ。アメリカ勢の2人がレームにつづいた。デレク・ロキデントが8m21で銀、ジャリッド・ウォレスが7m65で銅を獲得した。レームはこれまで、数々の金メダルを手にしてきたが、「8連覇できて、本当に嬉しい! 今日は勝つことがとても重要だったのです」インドの地でつかんだ金メダルは、これまでより特別な、意味のある一つであり、さまざまなドラマもあった。絶対王者と、追いかける後継者1988年生まれのレームはスポーツ好きの活発な少年だったが、14歳のとき、ウエイクボードの練習中の事故で右足の膝から下を失う。「自分のアイデンティティがなくなった…」と落ち込んだが、スポーツ義足と出合ってパラ陸上競技を始めると、とくに走り幅跳びでの才能が開花した。パラリンピックでは初出場となった2012年ロンドン大会で当時の世界新記録(7m35)で優勝して以来、負け知らず。レームがもつ現世界記録は2023年に樹立した8m72で、健常者の世界記録(8m95)にも迫りつつあることでも注目されている。そんな百戦錬磨のレームをもってしても、ニューデリー2025大会は特別だった。試合日程は元々、前日の夜に予定されていたが、夕方、突然の激しい雷雨によって大会は1時間あまり中断。レームは試合開始を待たされた挙句、結局、翌日に延期となった。丸1日後に行われた試合を終え、レームはこう振り返った。「昨日は延期が決まってから、ホテルに戻って気持ちを切り替えるように努めた。今日は一転、素晴らしい天候に恵まれて、試合のあらゆる瞬間を心から楽しめた。その上で、世界タイトルを守れたことをとても嬉しく思います」決して簡単な試合ではなかった。2位に入ったロキデントは急成長中で、レームの後継者筆頭と目される新星だ。1998年生まれのロキデントは大学でアメリカンフットボールの選手として活躍していた2018年、列車事故に遭う。左足の膝下を失ったが、数カ月後に義足をつけてアメフト復帰を果たす。大学卒業後はパラ陸上競技に転向し、2023年にレームとの初顔合わせとなった世界選手権パリ大会で、いきなり2位となって世界を驚かせた。この時の二人の記録差は110cm。だが、2024年神戸大会では61cm、同パリパラリンピックでは34cmと徐々に縮まっている。さらに、今大会の資料によれば、大会前までの今季最高記録はレーム8m29に対して、ロキデントは8m22と迫っていた。タイトル防衛を実現した、“シンプル”な戦略進境著しいアメリカの新星ロキデントに勝つため「1回目のジャンプを完璧に決める」ことがレームの作戦だった。その1回目に8m36の好ジャンプ。ロキデントは結局最後までこの記録を超えることができなかった丸1日遅れで始まった試合には7人がエントリーしており、レームが最初の試技者だった。1回目から求めた観客の拍手に乗って、スピード感ある助走から空中に飛び出したレームの跳躍は8m36で、シーズンベストを記録した。注目のロキデントは6番目に登場、1回目は8m16だ。7人全員が跳び終え、レームが1位、ロキデントが2位につける。8m越えは二人だけだった。2回目で、レームは8m43と記録を伸ばした。ロキデントも8m21と少し伸ばしたが、順位は変わらず。その後も緊張感あふれる試技が続いたが、互いに距離は伸ばせない。記録によって試技順が変わる4回目以降はレームより先にロキデントが跳ぶようになり、6回目にロキデントがファウルとなったため、ここでレームの優勝が決定した。試合後、レームは試合プランについてこう明かした。「デレク(・ロキデント)が好調なことは分かっていたので、僕の目標は明確でした。とにかく、『1回目のジャンプを完璧に決めることだ』と」伸び盛りの若手の勢いを削ぐには「先手必勝」だと考え、そのプランをレームは確実に実行したのだ。「2本目にもいいジャンプができて、確信しました。これで彼(ロキデント)には厳しい展開になるだろうとね。でも、走幅跳は特殊な種目です。完璧なジャンプを決めれば、20、30cmくらい簡単に距離を伸ばせる可能性があります。デレクは手強い。だから、最後のジャンプまで集中しなければならなりませんでした。優勝が決まったときは、本当にホッとしました」一方のロキデントは、「3回目以降はいくつかミスがあって伸ばせませんでした。でも、準備もしっかりできたし、自信をもって試合に臨んだので、今日の記録には満足しています」と、試合を振り返った。また、レームの存在について聞かれ、「特別だし、敬意を抱いています。僕の成長は、彼のおかげ」と感謝を述べた。「初めて対戦した2023年のパリ大会で、マルクス(・レーム)は大会記録を更新する大きなジャンプを見せてくれて、すごくワクワクしました。僕も銀メダルを獲れたし、彼に追いつきたい気持ちが練習のモチベーションになっています。追い求めるべき目標を与えてくれるし、時にはアドバイスもしてくれます。だから、彼には長く活躍し続けてほしい。でも、いつか彼に追いつけることを願って僕も努力しています」世界トップを争う二人の競り合いによるハイレベルなパフォーマンスに期待がかかるが、その格好の舞台が3年後に迫る。ロキデントの母国で開かれるロサンゼルスパラリンピックだ。ロキデントは、「ホームグラウンドでの大会は僕にとって大きな意味がある。そこで、チャンピオンの称号を手にすることが最大の目標です。完璧なジャンプができるように、とにかく、トレーニング、トレーニング、トレーニング! それが成功の秘訣です」と意気込む。レームは後継者の登場を歓迎しながらも、負けるつもりはない。「ロキデントは正々堂々と挑んでくれる、素晴らしいライバル。これからも競い合えることが楽しみです」思い出の地、インドで示したコーチへの感謝と惜別「Thank you Steffi」のはちまきを巻いて最後の跳躍に挑んだレーム。この日でレームのコーチを引退するシュテフィ・ネリウスへの感謝の想いをこめた跳躍だった「今日は勝つことが重要でした。この勝利で最も伝えたかったのは、『コーチへの感謝』でした」レームは優勝決定後の最終6回目の跳躍にもしっかり挑み、観客の拍手に乗ってスピーディーな助走から大きなジャンプを披露したが、つま先がわずかに踏切板を越えファウル判定となった。レームは一呼吸おいてから手を挙げ、スタンドに笑顔を向けた。ただ、5回目までと少しだけ違っていたのは、助走のスタート地点に向かうレームのおでこに見慣れないはちまきが巻かれていたことだ。よく見ると、「Thank you Steffi(ありがとう シュテフィ)」と書かれている。“シュテフィ”とは、16年間にわたってレームのコーチを務めたシュテフィ・ネリウスのことで、この日を最後にコーチから引退することになっていた。1972年生まれのネリウスは元やり投げの名選手で、2004年アテネオリンピックで銀メダルを獲得し、2008年には68m34の自己ベストを出している。所属する陸上クラブで義足のレームと出会い、コーチになった。はちまきは現役時代のネリウスのトレードマークだった。各大会の主催者やファンへの感謝を表そうと、いつもはちまきを着けて競技していたという。そこで、レームも彼女にならい、彼女への感謝をはちまきに記したのだ。「シュテフィは僕の最初のコーチで、16年間も指導し続け、僕の人生を変えてくれました。彼女はコーチとして、友人として、人生の師として支えてくれて、僕をアスリートとして、人間として成長させてくれました。この間、数えきれない金メダルを手にしたけれど、シュテフィなしでは成しえなかった。ともに歩んだこの旅路を心から感謝しています」ネリウスとともに戦う最後の試合だったから、勝って感謝の思いを表すことが、この試合では最大の目標だった。「でも、まだまだ恩返ししきれません。彼女がどれほどの高みへ僕を導いてくれたか、分かりますよね。僕たちは『チーム』として世界記録を何度も更新しました。幅跳びピットには僕一人が立ちますが、僕の背後には支えてくれる『チーム』がいて、その中心がシュテフィでした」実はレームが初めてネリウスコーチと「チーム」を組んで出場した国際大会は2009年、インドのバンガロールで行われた大会だった。レームはそこで初優勝したことを皮切りに連勝街道を走りつづけ、「チーム」での最終戦を同じインドのニューデリーで迎え、優勝で締めくくったのだ。ネリウスも感慨深く語った。「マルクスを誇りに思います。16年間無敗という信じられないくらい素晴らしいアスリートですから。それに、私たちはこれまで、『試合中は集中力を保ち、最後までベストを尽くすこと』を目指してきました。だから、彼が今日、シーズンベストをマークしたことは素晴らしいですし、このタイトルとともに引退できることを私は大変嬉しく思います。完璧な結末です」とうなずき、目を細めた。さらにネリウスは、少し離れたところで記者に囲まれるレームのほうをやわらかな表情で見やりながら、こう付け加えた。「実は今日、10月3日は、35年前(1990年)に東西ドイツが統一された日です。私は東ドイツ出身なので、10月3日(の東西統一)があったからこそ、西ドイツ出身のマルクスと出会えたのです。特別な日に試合ができたことも思い出ですね」前日に雷雨がなければ、試合は10月2日だった。二人の絆の強さがドラマティックな舞台を引き寄せたのか……。インドで始まった二人の“旅”は16年の時を経てインドで完結した。左がコーチのシュテフィ。16年前、インドで始まった二人の師弟関係は、この日奇しくも同じインドの地で終わることとなった新天地で、新たな目標恩師への感謝を8連覇という形で示したレームだが、もちろん、ここで終わるつもりはない。さらなる勝利を目指して、彼は新たな挑戦を考えている。これまで通り、所属チームであるドイツのレバークーゼンを拠点にしたまま、今後はオランダの陸上チームの練習にも参加するつもりだという。チームには今大会のT64女子走り幅跳びで優勝したフルール・ヨングなど多くのトップアスリートが所属している。現在の計画では週に一度、車で数時間のオランダ・アムステルダムへ通って練習に加わるほか、時にはオランダチームをドイツの拠点に招いて合宿を行うことも考えている。優秀な選手たちとの切磋琢磨や情報交換によってレームは新たな視野を広げることになるだろうし、レーム自身の経験や知見もチームに還元できる。義足での跳躍競技のさらなる発展にもつながるはずだ。「経験豊富な選手が揃ったチームだから、きっと新たな刺激や学びがあるはず。優れたアスリートが大勢、集まれば集まるほど、よりハイレベルな成果も得られるでしょう。だから今は新しいチャレンジにとても期待しています」世界記録は2年前に樹立した8m72で止まっているが、レーム自身は、「記録はまだ伸ばせる」と力強い。今季は調子が上がらず、この日は踏切を合わせるために助走距離を短くして跳んだという。それでも、今季のベストが出た。「スピードとリズムを全てまとめるのは難しい」とレーム。だからこそ、すべてがかみあったとき、まだまだ遠くへ跳べると信じている。「その時が、本当に楽しみなんです」16年の旅を終え、また新たな旅を始めるレーム。その道のりの先にいったいどんな記録が、どんな結末が、待っているのだろうか。取材・文/星野恭子 写真/吉村もと
- 【ニューデリー2025世界パラ陸上: 9日目】日本が最終日に、3色のメダル。有言実行の金、狙い通りの銀、有終の美の銅!
- ニューデリー2025世界パラ陸上競技選手権大会は10月5日、大会最終日を迎え、日本の3選手がそれぞれ、金、銀、銅のメダルを獲得した。これで日本選手団の獲得メダルは金4個、銀8個、銅2個の合計14個となり、国別ランキングでは10位で大会を終えた。車いす1500mで、佐藤が圧巻V、上与那原も2位を死守トラック半周以上の大差をつけて圧勝した佐藤午前中に行われたT52(車いす)男子1500m決勝では、佐藤友祈(モリサワ)が金メダルを獲得した。マークした3分30秒19は自身の大会記録を自ら6年ぶりに9秒80も更新する快走だった。上与那原寛和(SMBC日興証券)が3分57秒75で2位に入り、日本は金、銀を積み上げた。佐藤の圧勝だった。スタート直後から先頭に立つと、力強い漕ぎでレーサー(競技用車いす)を走らせ、200mのラップで2位以下に約5秒差をつけた。その後もグイグイと後続を引き離し、トラック半周以上の大差で先着した。「大会記録を塗り替えられて、そこは良かった。でも、レース中にトラブルがあって、集中しきることが難しかったです」と吐露。「300m付近で急にカシャカシャ音が鳴りだしました。最初は車輪が外れたと思って心配になり、レースを途中で止めようかとも思いました」という。音の原因はコース上に落ちていたと思われる、選手用のレーン番号シールのかけらが、佐藤のレーサーの車輪に張り付いてしまったためと分かったが、高めていた集中力は途切れてしまった。「準備万端で臨んでも、ちょっとしたことで気持ちが切れてしまうのは、新たな課題だと思いました」佐藤は今大会、100mでもスタートやり直しに少し影響を受けていた。どんなトラブルにも動じないメンタルへと強化し、「3年後のロサンゼルスパラリンピックに備えたいです」と話した。佐藤は金2個、銀1個と、出場した全種目でメダルを獲得したこれで、佐藤は金2個(400m、1500m)、銀(100m)のメダル3個を獲得。大会新まで0.02秒だった400mなど、「惜しかった部分もありますが、今大会ではメダル獲得が大事だったので、最低ラインの目標は達成できました」とうなずいた。400mに続き1500mでも銀メダルを獲得した上与那原(中央)佐藤には約28秒遅れたが、上与那原は2位グループの先頭を引き続け、3位に1.1秒差をつけて2位に入り、400mにつづき自身2個目の銀メダルをつかんだ。「いい感じで走れました。スタートして2番手グループのトップに出たら、少し減速して自分のペースで行こうと考えていました。(中盤で)後方からフィリピンの選手が追いついてきましたが、自分も切り替えてペースを上げ、とにかく2着を狙いました。それが見事にはまりましたね」。プラン通りのレースに笑顔を見せた。途中で並ばれたときも、「最後にペースを上げれば、逃げ切れると思っていました」と頼もしく、ベテランならでは状況判断と実行力で、2位を守った。上与那原にとって、400mと合わせて自身2個目の銀メダル。「結果はいい感じでつながりましたが、タイムが今一つ。帰国後、少し休んでから、また調整して次のレースにつないでいきたいです」。瞳の奥で、静かな闘志が揺れていた。日本男子はメダル獲得数で4位に!最終日の二つのメダルで、日本男子は金4、銀8、銅1の全13個のメダルを獲得し、男子だけの国別ランキングでは4位に入る健闘だった。メダルは惜しくも逃したが、石山大輝(トヨタ自動車)は今季、ケガの影響で調整不足のなか、T12(視覚障害)男子走り幅跳びで4位だった。「次はもっと、『楽しい!』と思える試合ができるように調整して戻ってきたいです」。T36(脳原性まひ)の松本武尊(AC・KITA)は男子400mで予選、決勝でシーズンベストを更新して5位。「メダルが欲しかったですが、自分の走りとしては満足です」。F46(上肢障害)男子やり投げでは高橋峻也(トヨタ自動車)が6位、山崎晃裕(順天堂大学)が7位。互いに競り合いながらともにシーズンベストで入賞し、「いつか二人でメダル争い」を誓った。また、群雄割拠のT54(車いす)男子1500mで岸澤宏樹(日立ソリューションズ)が着順で予選を突破、決勝では9位だった。「前回(神戸大会)と同じ9位ですが、レース対応力やラストの粘りには成長を感じられました」と前を向いた。佐々木真菜、女子唯一のメダリストに。自身初の銅メダル!T13(視覚障害)女子400mで、女子選手では今大会唯一のメダルを獲得した佐々木の走り佐々木にとっては世界規模の大会で、400mでは初めてのメダル獲得となった最終日夜、日本勢31名の最終出場者となった佐々木真菜(東邦銀行)は、T13(視覚障害)女子400m決勝で59秒39のタイムで3位に食い込み、銅メダルを手にした。日本女子としては今大会初メダル。佐々木自身にとっても世界選手権5大会目にして初のメダル獲得となった。エントリー6選手中、佐々木は今季タイムでは3位だったが、トップタイムのブラジル選手が棄権したことをレース直前に知る。「これはもう狙っていくしかない。自分の力を存分に発揮するだけ」と、7レーンのスタートラインに立ったという。今季2位のタイムを出していたポルトガル選手が8レーンにいたが、「惑わされずに自分のレースを展開しようと思っていました。そこはクリアできたかな」400mの最後の直線はいつも無我夢中で脚が動かなくなる。とくに約2週間前の国内大会ではラスト40mからパタパタした走りになってしまったという。その反省を胸に、この日は、「ラスト40mから地面をしっかり踏んで粘れました。身体全部を使って進んでいくという課題を、今日はできたかなと思います」と、うなずいた。1997年福島県生まれの佐々木は、福島県立盲学校中等部で陸上競技を始め、中長距離選手として活躍。2014年にパラリンピック種目である400mに転向した。高校卒業後の2016年、地元の名門、東邦銀行に入行し、故・川本和久監督の指導によりさらに走りが磨かれた。初出場した東京2020パラリンピック、パリ2024大会ではいずれも7位入賞を果たした。東邦銀行チームメートの松本奈菜子と井戸アビゲイル風果が今大会直前に東京で開催された「世界陸上」で活躍したこともよい刺激になった。「私もつづいていこう!」世界選手権では初出場の2017年ロンドン大会は6位、2019年大会の4位を最高に、その後は2大会連続で5位だった。種目転向から10年の節目で初のメダルと貴重な成功体験を得た佐々木。地道な努力で長く上位に位置しつづけ、積み重ねた経験も糧にして今ようやく、形ある成果をつかみ取った。「本当に、うれしいです」決意新たに、「次こそ、メダル!」佐々木以外に、女子のメダリストは出なかったが、T34(脳原性まひ)の小野寺萌恵(北海道・東北パラ)は100mで4位、800mで5位入賞、「スタートとピッチを上げる練習をしてきました。練習よりいいタイムが出せました」。T20(知的障害)女子1500mで岡野華子(あいおいニッセイ同和損保)は最終周で一人抜いて5位に入賞する粘りを見せた。前回神戸大会でも5位だったが、「比べられないほど世界のレベルが上がっていました。次は4位でなく、メダルを獲りたいです」。2019年大会金のベテラン、中西麻耶(鶴学園クラブ)はT64(下肢障害)女子走り幅跳びで6本中4本がファウルだったが、3本目に今季最高の4m97を跳び、7位。「悔しいけれど、跳躍自体は悪くありませんでした。(ファウルをしないように)安パイな、逃げる跳躍をせずに最後まで戦えました」と胸を張った。新星、小松沙季が、覚悟の初陣パラカヌーで東京、パリと2大会連続してパラリンピックの代表になった小松。今季から挑戦するやり投げでも健闘を見せたF54(座位)女子やり投げで世界選手権初代表となった小松沙季(電通デジタル)は、今大会で初めて国際クラス分けを受検したところ、F54でなく障がいの程度が軽いF55と判定された。クラス分け再受験の申請も可能だったが、クラス未確定のまま落ち着かないよりも、「腹をくくって、F55でやっていこう」と覚悟を決めて出場したF55/56(座位)女子やり投げ決勝では入賞まであと1歩の9位だった。ちなみに、マークした15m75は、F54であれば銅メダル(15m48)を越えていたが、小松はもう前だけを見ている。F55/56の金メダル記録は26m18で、5位以上の選手は皆、20m以上というハイレベルな投てきを目の当たりにし、「自分もそれぐらいいけるなと感じられましたし、ロスでメダルを取る姿も想像できました。ここからがスタートです」と力強い。1994年高知県生まれの小松は元々、バレーボールのVリーグで活躍。引退して指導者となっていた約6年前、突然の病により車いす生活になった。すぐに選手発掘プロジェクト(J-Star)で見いだされ、パラカヌー競技で東京、パリとパラリンピック代表に選出。今季から、「新しいことに挑戦したい」とやり投げを始めると、6月の国内大会で16m99を投げ、F54女子の日本記録を樹立した。投てきフォームや投てき台の仕様など、まだ試行錯誤中だが、バレーボールで培った肩や手首の強さなど、「自分の強みを生かして、頑張りたいです」と、意気込んだ。日本代表31名、それぞれが得たインドでの貴重な経験を、さらなる飛躍の糧にする。取材・文/星野恭子 写真/吉村もと
- 【ニューデリー2025世界パラ陸上:8日目】戸田夏輝が1500mで、佐藤友祈が100mで、それぞれに意味ある銀メダル!
- ニューデリー2025世界パラ陸上競技選手権大会8日目となった10月4日、日本勢はさらに2つの銀メダルを積み上げた。中距離に新星登場!一つは戸田夏輝(NDソフト)がT20(知的障害)男子1500mで獲得。マークした3分52秒45は自己新記録であるともに、世界選手権デビュー戦でメダル獲得という快挙でもあった。「初出場でここまで走れるとは思わなかったので、本当にうれしい。粘って走れました!」スタート前には「元気玉」のポーズで気合を合入れた新星登場を強く印象づけるレースだった。スタート前の選手紹介時には両手を上げながら空を仰ぎ見て、「元気玉(*)で気合を入れていた」という戸田。号砲から飛び出すと、先頭を独走。1000m手前で、徐々に追い上げてきた前回覇者のミカエル・ブラニガン(アメリカ)に抜かれたが、諦めずに前を追う。最後は大会新で連覇したブラニガンに約2秒遅れの2位でフィニッシュした。(*:漫画『ドラゴンボール』に登場する必殺技のひとつ)最後まで粘り2位でフィニッシュした戸田負けず嫌いだという戸田は、スタートから積極的に前に出て自分の走りを粘り強く貫くスタイルが持ち味だ。前日の予選でもスタイル通りの力強い走りを披露し、組1位全体2位で決勝に進んでいた。「とても緊張しましたが、安定して走れてよかったです」と大舞台デビュー戦でも持ち味をしっかりと発揮した。世界選手権デビュー戦で、自己新記録を出して銀メダルという快挙。メダルセレモニーでは初々しい表情も見せた新星・戸田のこれからに期待大だ2004年山形県生まれの戸田は、小学生時代から走ることが好きで、中学入学後、本格的に陸上競技を始めた。養護学校卒業後、2023年に地元の実業団チーム、NDソフトアスリートクラブに加入。多くのレースで上位に入るなど注目され始める。今年2月、自身初の海外レース、ドバイでのワールドパラアスレティックグランプリに出場し、1500mを4分02秒39で優勝する。日本パラ陸上競技連盟の2025年度ロスターゲットアスリートにも指定され、2028年のロサンゼルスパラリンピック初出場を目指している。今大会に向けては距離を踏み、暑さ対策にも取り組み臨んでいたという。初の大舞台で獲得したメダルについて聞かれ、「これがスタート。これからもたくさんのメダルを獲れるように頑張りたいです」。さらなる進化と活躍を誓っていた。なお、ともに決勝進出を果たした十川裕次(オムロン太陽)は9位(4分00秒45)、岩田悠希(KPMG)は10位(4分00秒81)だった。佐藤友祈が自身2個目のメダル獲得同日夕、T52(車いす)男子100m決勝も行われ、佐藤友祈(モリサワ)が17秒07(+0.8)で銀メダルを獲得した。左から3人目が佐藤。スタートは良かったが、途中でハンドリムのキャッチミスをしてしまったという5日目の400mにつづき金メダルを目指していた佐藤は、「負けました。いいスタートが切れたのですが、その後に(ハンドリムの)キャッチミスをしてしまいました。悔しいです」午前中に行われた予選では、16秒79と好走して全体2位。同1位とはわずか0.01秒差で、「決勝は全然いけそう」と話していた佐藤。決勝ではスタートでフライングによる失格者が出て、「やり直しは初めての経験。短時間で気持ちを立て直すのが、正直しんどかったです」と明かした。佐藤にとっては悔しさが残る銀メダルだったそれでも、序盤の出遅れにも諦めずに前を追い、「競り合いながらフィニッシュできたので、面白いレースはできたと思います。ロスパラ(リンピック)に向けてしっかり修正して、100mも400mも金を取ります!」と2冠宣言。その前に、「もちろん優勝」と今大会最終日に行われる1500m決勝を制しての今大会2冠に向け、佐藤は絶対の自信を示していた。競り合いのレースはおもしろかった、と佐藤。そんな気持ちがメダルセレモニーの笑顔につながったのかもしれないなお、伊藤竜也(新日本工業)は予選全体7位で進んだ決勝で今季ベストとなる、17秒34をマークして5位入賞。伊藤智也(バイエル薬品)は予選で今季ベストの17秒74で走ったが、0.02秒差で全体9位となり、惜しくも決勝進出を逃した。取材・文/星野恭子 写真/吉村もと
- 【木下グループジャパンオープンテニス2025】小田凱人が圧巻の3連覇!
- 「久しぶりに有明のコートに戻ってきて、試合前からワクワクしていました」そう語るのは、9月、アメリカ・ニューヨークで行われた全米オープンでの優勝を果たし、生涯ゴールデンスラムを達成した小田凱人(東海理化/シングルス世界ランキング1位)だ。9月22日〜30日に開催された木下グループジャパンオープンテニス2025。27日〜29日には男子車いすテニス部門が行われ、全米オープンから凱旋帰国した小田が、日本のコートに姿を見せた。この大会は、国内で唯一開催されているATP(男子プロテニスツアー)公式戦。1972年から行われている伝統と格式のある大会である。2019年に車いすテニス部門が設置され、今年5回目を数える。シングルスは8名、ダブルスは4組が出場した。小田は1回戦を6-0、6-0、準決勝を6-1、6-0で勝利し、決勝に駒を進めていた。決勝戦は、センターコートである有明コロシアムで実施された。月曜日、午前中にもかかわらずスタンドには多くの観客が詰めかけた。決勝で小田と対戦したのは、世界ランキング19位の荒井大輔(BNPパリバ)である。生まれつき右脚脛骨欠損という障がいがあり、日常的に義足を使用しているが、中学時代には軟式テニスで活躍した。車いすテニスを始めたのは、社会人として岐阜県に在住していた時期である。のちに、同じクラブに小学生の小田が所属し、先輩選手として接してきた。今大会、小田は生涯ゴールデンスラムを達成した王者の風格を見せつけたゲーム序盤から小田は、荒井にポイントを与えない圧倒的な強さを見せつけた。得意のサーブでは、コートの外側にボールが跳ねるワイドサーブでエースを取り、積極的に前に出てショットを繰り出した。荒井も得意のリターンで反撃を試みるが、なかなかブレイクには至らない。「荒井さんは、絶対にリターンで狙ってくるだろうというのは想定していましたし、前回対戦した時にも、同じように前に出てくることも何度もありました。自分のサーブが荒井さんにとって嫌なコースをついていたことで、ポイントが取れたと思っています」小田が振り返る。この試合で小田のファーストサービス確率は1セット目が84%、2セット目も63%で、トータルでは69%であった。一方の荒井は、トータルで42%。小田のサービスの精度がいかに高いかを示している。生涯ゴールデンスラムを達成した王者の風格を見せ、小田は6-0、6-0で完勝。木下グループジャパンオープンでの3連覇を果たした。「最高の日。思い出に残る試合になりました。荒井さんは、僕が子どもの頃、先輩選手として僕に海外ツアーのことなど、いろんなことを教えてくれた。同じ舞台で対戦できたことがすごく嬉しいです。センターコートで自分の強さを見せることが、今大会のテーマでした。それが実現できたと思っています」生涯ゴールデンスラムを達成し、小田は次の目標に向かって突き進んでいく今大会の健常者の部には、男子シングルス世界ランキング1位のカルロス・アルカラス(スペイン)が初出場している。アルカラスは19歳のとき全米オープンで初優勝し、史上最年少で世界ランキング1位に輝いた。アルカラスも、今大会のトーナメントを順調に駆け上がり、車いすテニス決勝戦が行われた翌30日に、優勝を決めた。22歳のアルカラスと、19歳の小田。2人の世界一が揃った木下グループジャパンオープン2025は、新たな歴史を刻んだのだった。取材・文/宮崎恵理 写真/編集部
- 【ニューデリー2025世界パラ陸上:7日目】福永凌太、400mで銀。自身2個目のメダル獲得も、「空っぽになるような…」
- 10月3日、T13(視覚障害)男子400m決勝で福永凌太(日本体育大学)が49秒03で2位となり、銀メダルを獲得した。福永にとっては5日目の走り幅跳びにつづく今大会2個目の銀だった。走り幅跳びに続き、今大会2個目の銀メダルを獲得した福永凌太(左)大きなストライドで力強く走る福永。予選をトップで通過し、金メダルが大いに期待されただが、「悔しいというより、空っぽになるような……。喪失感みたいなものを感じました」。福永はそんな風にレースを振り返った。「まさかの銀」だった。日本記録でもある福永の持ちタイム(47秒79)は今大会の出場選手中トップ。前日の予選でも49秒14で走り、全体9人中1位で決勝に進出しており、金メダルが大いに期待された。最終コーナーを過ぎてこのまま圧勝かと思われたが、後方から猛追してきたマックス・マルツィラーにわずかにかわされてしまった向かえた決勝レース。福永は号砲に素早く反応してトップに立つと、大きなストライドでリードを広げ、最終コーナーにも先頭で入った。このまま圧勝かと思いきや、後方からドイツのマックス・マルツィラーが猛追。二人が並ぶようにフィニッシュした。一瞬おいて、電光表示板に掲示された勝者の名前はマルツィラー。0.03秒差で福永は敗れた。「追い上げてきているのは、たぶんラスト50mもないぐらいのところで、やっと気づいたかと思います。そして、少し前に出られたかなと感じて抜き返そうとしましたが、足りなかった。最後は正直、どっちが勝ったのか分からなくて、カメラマンなどの動きで、相手が勝ったんだな、と……」決勝のレースプランは現在の状態や予選の通過タイムなどを考慮して、「前半をあまり行きすぎず、タイムより勝負を意識しよう」と決めていた。そのプラン自体は、「だいたい実行できたかなと思います」。しかし、結果だけは想定外だった。福永にとって、この銀メダルは想定外の結果だったといえるだろう今季はスタートから体調不良や足首の捻挫などもあり、「足踏みしたり、後退したり」、なかなか調子が上がらなかった。福永はスプリント系など複数種目に取り組むマルチアスリートで、今季から自転車競技にも挑戦。さまざまなトレーニングの相乗効果で総合的な強化に取り組んできた。すでに100mや走り幅跳びでは自己ベストを更新し、手応えも感じていた。だが、昨年のパリパラリンピックで銀メダルを獲得した400mについては「うまく走れないことが、ずっと続いてしまいました」という。練習拠点や環境の変化もあり、練習量が少なくなっていることは感じていたが、「なんとかなるだろう」と高をくくっていた。もちろん、今大会を一番の目標にし、少なくとも足首の捻挫が治った7、8月からは技術的な部分を中心に磨き、準備してきたつもりだった。福永の陸上競技歴は小学校高学年からと長く、大学時代は10種競技に取り組むなど幅広い経験と実績を重ねてきている。だから、大事な部分だけしっかり押さえておけば、うまくいくだろうとも考えていた。だが、「ごまかせませんでした」と肩を落とした。今季はこれが最終戦の予定だという福永。来季に向けて、「400mでは何がダメだったのかをまずは見つけたいです」と話す。3年後のロサンゼルスパラリンピックに向け、この「敗戦」はステップアップの大きな糧になるだろうこれからの最大の目標は、3年後のロサンゼルスパラリンピックでの金メダル獲得だ。「うまくいかなかった理由」を手掛かりに、練習内容や強化策を、一から見直すつもりだ。取材・文/星野恭子 写真/吉村もと
- 【ニューデリー2025世界パラ陸上: 6日目】新保大和、円盤投げの最終投てきで銀メダルに届くビッグスロー!
- F37(脳原性まひ)男子円盤投げで、パリパラリンピック4位の悔しさを晴らして銀メダルを獲得した神保大和ニューデリー2025世界パラ陸上競技選手権大会6日目の10月2日、14選手が出場したF37(脳原性まひ)男子円盤投げで、パリパラリンピック4位の新保大和(アシックス)が銀メダルを獲得した。最終6投目で日本新記録となる54m50の渾身の投てきで、5位から2位まで一気に順位を押し上げた。新保は約2週間前の国内大会で自身のもつ日本記録を1m10更新する日本新記録(53m23)を樹立したばかりだが、この大舞台のラストチャンスで、さらに1m37も伸ばした。新保は、1投目に48m78を投げ、全体4位につけると、2投目も49m66と伸ばす。3回目はファウルだったが、上位8人だけが進める4投目以降に全体4位で進んだ。その後も4投目に49m89、5投目に50m71と順調に記録を伸ばしたが、順位は4位のまま。なかなかメダル圏内に入れない。6投目に入り、新保よりも先に投げたウズベキスタンの選手が新保を上回ってしまい、新保はわずか10cm差で5位に後退。だが、6投目に放ったビッグスローで新保が抜き返して銀メダルをつかんだ。「良かったというよりも、ホッとした感じがあります。プレッシャーもあったので……」日本やインド国内から駆け付けた約30人の応援団の前で、最後の6投目でビッグスローを決めて神保は声援に応える実は所属先企業を中心に、日本やインド国内から約30人の“応援団”が駆け付けていた。1投ごとに日の丸を振りながら、新保への熱い声援がスタンドに響く。だからこそ、「メダルを獲得して応援に応えたい」という思いも募り、緊張感も少しずつ増していた。また、今大会ではインド入り後、少し体調を崩してしまったこともあり、この日も「力んだり、円盤が遅れ気味になったりして、5投目くらいまではちょっと良くない流れでした」という。だが、順位を落として迎えた最終6投目は逆に、「とにかく、スムーズに円盤を回すことだけ意識して、『しっかりベストを投げる』くらいの気持ちでいこう」。リラックスした気持ちでサークルを回ると、絶好のタイミングで新保の手から放たれた円盤は、応援団のエールの後押しにも乗って、大きな放物線を描いたのだった。「最後は、うまいこと、はまったかな」ここ数年、投てき技術の改良に打ち込んできた成果もあり、今季は好調を維持している2000年生まれの新保は着実にステップアップしてきた。中学時代から投てき競技をはじめ、高校生だった2017年、「世界パラ陸上競技ジュニア選手権大会」に出場。円盤投げと砲丸投げで二冠に輝く。大学入学後、初めて出場した2023年のパリ世界選手権で4位入賞、そして、2024年神戸大会では銅、今回が銀と、世界での存在感を増している。今季は自己新を連発するなど好調の新保。その要因に、「量より質のトレーニング」を挙げた。以前は体重や筋量を増やすなどフィィジカル強化に重きを置いてきたが、社会人になってからはある程度、身体ができてきたこともあり、テクニック面の強化にも力を入れて取り組んでいる。とくにここ数年は投てき技術の改良に打ち込んできた。円盤投げは投てきサークル内で1回転半して円盤を放つが、パワーだけでは思うようには飛ばない。新保は円盤がスムーズに回ることを意識して一連の動きを見直したことが、今季の好結果につながっていると話す。「今回は1位を取れるかなと思っていました。でも、新しい選手も増えてきているので、自分もちょっと負けられないなという思いがあります」さらなる飛躍のためには、技術の安定性や再現性を高め、精度をあげることが必要だ。 「まずは今回の記録がミニマムのラインになるぐらいまでに持ってきて、1発を出したら上位に上がれるようにすること。それが、次への課題です」銀メダルを手にした神保は「金メダルに届くまでもっと頑張りたい」と先を見据えた表彰式後、銀メダルを首に笑顔の新保に改めて感想を聞いた。メダルを手に取ってまじまじと見つめた新保は、「神戸(大会のメダル)よりいい色になりましたが、まだまだ満足しちゃダメです。金メダルに届くまで、もっと頑張りたいです」。表情がぐっと、引き締まった。取材・文/星野恭子 写真/吉村もと<ニューデリー2025世界パラ陸上競技選手権大会>日本パラ陸上競技連盟HP: https://para-ath.org/new_delhi_world_para_2025 (日本代表選手情報や競技スケジュールなど)ライブ配信チャンネル: https://www.youtube.com/@paralympics/streams?app=desktop (インドとの時差: 日本時間の―3時間半)
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