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  日常生活への応用を目指して

日常生活への応用を目指して

慶應義塾大学の理工学部が、障がい者の国際的大会「サイバスロン」に参加した。 サイバスロンとは、義肢などを用いて障がい者が勝敗を競うスポーツ。選手の義肢や車いすなどの操作技術が求められる、障害物競走のようなものだ。 競技種目としては6つあるが、慶應大学は「電動車いすレース」部門にエントリー。プロジェクトマネージャーであり、慶應義塾大学名誉教授の富田豊さんに話を伺った。 電動車いす部門は、日常生活において車いすの移動が難しい場面を想定した6つのコース (テーブルにつく、スラローム、上り坂+ドア+下り坂、凸凹道、傾斜道、階段昇降) を8分以内に走行し、その点数を競うもの。 このレースの肝は、車いすの設計。選手にストレスを感じさせない快適さ、そして障害物をものともしない機体の性能を兼ね備えなければならない。 慶應大学は車いす開発の経験が乏しく、競技的な不利は否めない。しかし、「考えていることの100に1が実現されればうれしい」と、富田さんは楽しそうな表情を浮かべる。研究量でカバーしようと、プロジェクトチーム総出で開発に着手しているそうだ。 では、そんなサイバスロン研究になぜ名乗りをあげたのか。それは、いずれは実生活へ技術の応用をしたいという、未来を見据えた考えがあったからだ。 「車いすを使う人たちにとってのインフラは、もっとしっかりするべきだと思います。エスカレーターや段差が障がい者にとって不便なのはわかっていますが、それがなくなりつつあるかといえば、現実はそうでもないですよね。そうした環境が整うまで、私たちが待っているわけにはいきません。それならば、車いすの技術革新に手を伸ばしても良いんじゃないか。そう思ったのがきっかけですね」 と話してくれた。 開発が行われている理工学部のキャンパスまでは、最寄り駅にあたる東急東横線の日吉駅から歩くと急坂がいくつかある。 その難しい道を車いすで移動するにはどうするかなど、日常の光景からヒントをもらうことも少なくないそうだ。   選手同士のレースであるサイバスロン競技も、本当の目的はそうした技術の進歩にある。 階段の昇降や坂を上がる技術が現代の車いすユーザーに本当に必要かと問われたら、答えはわからない。仮に、今の競技用の技術をそのまま転用しても駆動音がうるさく、とても日常生活に入り込める代物ではない。 しかし10年後を考えた場合、どうだろうか。不自由なく車いすが傾斜を駆け上がる姿が世界中で当たり前になっているかもしれない。そうした未来に備えて、この時代に技術を確立させることが大切になるだろう。   現在は学生を交えた研究は行っていないそうだが、後には学部生にも講義をひらき、実際に学生が研究に携わる場を設けたいと話す。 「学生を育てる」という大学の立場を活かし、これからの開発者を輩出していきたいという意気込みも明かしてくれた。 この技術が今後、健常者と障がい者の壁をなくす一歩となるかもしれない。 取材・文・写真/編集部 画像/ETH Zurich/Alessandro Della Bella


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