帰ってきた! 日本選手権
9月5日(土)、6日(日)、埼玉県熊谷スポーツ文化公園陸上競技場でパラ陸上の日本選手権が開催された。新型コロナウイルスの感染拡大によって、3月に東京パラリンピック延期が決定。競技場が閉鎖されるなど、選手たちの練習環境も大きく変わった。5月に実施予定だった今大会は4ヶ月ぶりの開催。本来であれば、東京パラリンピック終盤を迎えたであろう時期、実施が見送られていたあらゆるパラ競技で、陸上の日本選手権がコロナ影響下で真っ先に再開されたのだ。
コロナ禍で真っ先に開催されたパラ競技大会となったパラ陸上日本選手権。選手はもちろん、関係者、メディアも含め、万全な感性対策が講じられた
大会は無観客、選手や審判などの大会スタッフには1人1本の消毒液が配布され、取材するメディアも大会2週間前から健康チェックが義務付けられるなど、あらゆる感染対策が講じられた。それでも、障害の重い選手などの中には感染予防の観点から出場を見送るというケースもあった。
自粛期間を創意工夫
今大会、最も印象的だったのは、コロナの影響をものともせず、日本記録やアジア記録などが更新される活躍を見せたことだ。
T64女子走幅跳びで自身のアジア記録を19㎝更新する5m70cmで優勝した中西麻耶
義足のクラスT64女子走幅跳びの中西麻耶(阪急交通社)は、昨年11月にUAEドバイで開催された世界選手権の金メダリスト。その中西が、今大会自身の持つ5m51cmのアジア記録を19cmも伸ばす5m70cmでアジア記録を更新して優勝。
「緊急事態宣言が出されてから、競技場は使用できませんでした。大分の自宅には高齢の家族がいる。感染リスクを考慮して、あえてコーチのいる大阪に拠点を移し、河川敷や公園で練習しました」
本来開催されたはずの東京パラリンピックを想定し、今年のピークをこの時期に合わせて、落とさずに練習を積んできたという。
「とはいえ、競技場での練習はできません。コンクリートの地面の上で競技用義足を使っての練習です。でも、どんな状況であっても、練習の質だけは落とさないように。走力を上げることだけに集中してきました」
世界選手権までは、跳躍の距離を出すために高い頂点の軌道を描くジャンプをしていたが、見直した。走力が上がったことで、無駄に高く跳ばずに前方に推進力を生かす跳び方に変更したという。
「また、以前ならスタートで力んでオーバーストライドになってしまうこともありましたが、今日はその力の入れ具合、抜き具合が少しずつよくなってきたのかな、と」
6本の跳躍の中で、1本目はファウルだったが2本目で早くも5m27cmの手応えあるジャンプを見せた。
「このジャンプが、後半4本目に5m70cmの記録につながりました」
5本目にも、5m64cm。冷静にレースを組み立て、安定した跳躍を実現した。
「微妙な調整はまだまだ必要。でも、ちょっと合えば6mに届くと思っています」
初心に戻って好記録
上肢障害F46男子やり投げの山崎晃裕(順天堂大職員)も、自粛期間中の練習によって実力を上げてきた一人。今大会、60m09cmを投げて優勝した。緊急事態宣言が解除されてから、今大会は競技会としては3回目。8月初旬に順天堂大学の記録会、その後、千葉県選手権を経て、今大会に出場した。2018年に出した60m65cmの自己ベスト以来、2年ぶりとなるセカンドベストだが、事前の2大会で2度、セカンドベストを更新している。
上肢障害F46男子やり投げで優勝した山崎晃裕。記録は60m09cmのセカンドベスト
「昨年は自分の投げを見失っていました。ドバイの世界選手権で思うような投てきができず、その後、必死に練習してきたんです」
先天的に右腕の手首から先がない山崎は、小学3年から一般の野球に親しみ、高校まで続けてきた元球児。高校卒業後、障害者の野球で世界選手権に出場し準優勝という経験を経て、パラリンピック競技である陸上に転向した。
「競技場での練習ができない自粛期間中に、初心に戻ってキャッチボールしたり、河川敷で軽い石を投げたりして、しっかり腕を振り切る動作を確認してきました。本来、そういう練習が必要だったはずなのですが、去年、なかなか記録が伸びず、自分自身で気づけない部分があったんです」
冷静に自分自身を見つめて取り組んできたことが、今回の好記録につながった。
「4月、5月はやりを投げる練習は一切できませんでした。でも、弱点と向き合う時間になった。キャッチボールの基本動作で、腕のしなりを取り戻し、本来の持ち味が戻ってきたと感じています」
今大会では、若手の高橋峻也に逆転される場面もあった。
「おもしろくなってきたな、と。去年の自分だったら、焦っていたと思うが、冷静さを失わずに自分を客観視できれば、巻き返せるという自信がありました」
今大会の記録は、東京パラリンピック出場のかかるパラランキング6位。内定が照準に入ってきた。
「とはいえ、世界は団子状態。最終目標は世界記録を持つインドの選手の記録を超えて優勝すること。まだまだ戦いは終わっていません」
東京パラリンピックへの試金石
他に、視覚障害T12男子10000mでは、堀越信司(NTT西日本)が32分23秒61で、自身の持つアジア記録を更新。知的障害T20女子1500mの古屋杏樹(彩tama)が4分36秒56、同じくT20男子1500mの赤井大樹(十川ゴム)が3分56秒24でそれぞれアジア記録を樹立した。
知的障害T20女子1500mの古屋杏樹は4分36秒56のアジア記録で優勝
視覚障害T11男子1500mで大幅にアジア記録を更新した和田伸也(左)
「1年延期された東京パラリンピックの出場枠を争うプロセスが中断している中、今大会は非常に重要な競技会でした。昨年の世界選手権ですでに東京パラリンピックの出場内定を決めている選手だけでなく、若い選手の躍進も目立った。東京以降、次のパリ大会にも期待が持てる。自粛期間中、選手たちの個人の努力が発揮された大会となった」
と語るのは、強化委員長の指宿立氏。
また、パラ陸上競技連盟理事長の三井利仁氏は、
「感染対策を徹底して、とにかく選手が競技できる大会を実施することが最大の目的でした。今大会を皮切りにして、来年の東京パラリンピック成功につなげたい」
大会開催の意義について、語った。
新型コロナウイルスの影響が今後、どのように続いていくのかは不明だが、パラスポーツの国内最高峰の大会を再開したという実績は、他の競技にも影響を与えるだろう。来年の本大会に向けて、新たな一歩がスタートした大会となった。
取材・文/宮崎恵理
写真/吉村もと
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