【パリパラリンピック現地レポート】”準決勝のカベ”を破り、ついに!金メダルを獲得した車いすラグビー日本
ついに、ついに! 車いすラグビーが待望の金メダルを獲得した。9月2日、エッフェル塔からほど近いシャン・ド・マルス・アリーナで19時30分に決勝戦が行われた。この舞台に勝ち上がってきたのは、日本とアメリカ。序盤にアメリカがリードするも、後半には完全に日本がゲームを支配して、48対41で初優勝を決めた。
日本は、2016年リオ大会で初めて銅メダルを獲得し、東京2020パラリンピックでは自国で金メダルを、と意気込んでいた。が、準決勝でまさかの敗退、リオに続いて銅メダルとなった。2018年の世界選手権では地元オーストラリアを下して優勝したものの、パラリンピックでは、これまで決勝進出が果たせずにいた。
「準決勝のカベ」
意識しないようにしても、どうしても頭にこびりついて離れないキーワードだ。パラリンピックの舞台で準決勝の相手を下して決勝進出を決めることは、日本の重要ミッションだった。
準決勝は宿敵オーストラリアとの大激戦
準決勝の相手は、昨年アジアオセアニア選手権で決勝戦を戦い、日本が勝利したオーストラリアである。オーストラリアは、2012年のロンドン、16年のリオ大会とパラリンピック2連覇を果たしている。ロンドンでも、リオでも準決勝で対戦し、日本が敗退した。オーストラリアは、因縁の宿敵である。
日本もオーストラリアも東京大会からの3年間で、さらなる成長を遂げている。準決勝で対戦するオーストラリアのカベを打ち破れるか。これが、今大会の大きな山場となった。
準決勝は大激戦だった。スタートメンバーは、池透暢、池崎大輔という黄金のイケイケコンビに、小川仁士、パラリンピック初出場の草場龍治という3311ラインナップだ。第1ピリオドは12対12、第2ピリオド終了時は24対25。後半第3ピリオド終了時も35対36と1点差のままだった。
第4ピリオドに入ると、オーストラリアの激しい攻撃で2点差に広げられてしまう。試合終了まで残り43秒の場面で池がトライを決めて47対47の同点に。さらに残り14.8秒で日本がオーストラリアのエース、ライリー・バットをエンドラインに追い詰めて苦しいタイムアウトを取らせることに成功。14秒は、短いようで長い。トライを決める絶好のチャンスである。日本は残しておいた選手タイムアウトを要求して、追加点を狙った。が、かなわず第4ピリオドが終了。今大会初の延長戦に突入した。
延長線では日本が先に1点を奪う。1点を取り合うヒリヒリした展開の中、池がオーストラリアボールをスティールしてトライを決め51対49と差を広げた。オーストラリアが反撃するも、3分間の延長戦が終了。日本は52対51でオーストラリアを退けたのだった。
決勝戦はアメリカに快勝! 12人は同じ思いを胸に表彰台の一番高い場所に立った
翌2日に行われたアメリカとの決勝戦では、日本は第1ピリオドからアメリカにリードを許した。今大会のアメリカで躍進したのが、女子選手のサラ・アダム。2017年から車いすラグビーを始め、2021年からアメリカの強化指定選手に選出されているが、パラリンピックは今大会が初出場だ。ベテランエース・チャック青木のパスを受けてトライにつなげる、日本の屈強な男子選手のタックルを受けてもびくともしない。池崎が猛タックルを仕掛けた際に、自らの勢いで池崎が転倒してしまう場面もあったほどだ。今のアメリカを背負って立つ、若きエースである。このサラが、前半日本を掻き回し続けた。
一方、日本チームで今大会、輝きを放ったのが、22歳の橋本勝也だ。第1ピリオドの途中からコートに入り、キャプテンの池とのコンビネーションプレーでゴールに突進していった。
アメリカにリードを許した第2ピリオドも途中交代でコートの入った橋本は、ピリオド終盤にアメリカのパスをスティールしてそのままトライを決めると、残り14秒の場面でトライを決めるために戦略的に取った選手タイムアウトをきっちりと活用して、残りわずか1秒のタイミングでさらなる追加点を決めた。これによって、一時は3点差に広げられていたアメリカのリードをひっくり返して前半を24対23で折り返した。
車いすラグビーでは、次のピリオドを有利に進めるために、自チームが得点を決めてピリオドを終了させる戦術が不可欠である。どのチームも、残り2分を切ると、最後にトライを決めてピリオドを終わらせるためのタイムコントロールを図る。第3ピリオド終了間際、橋本に得点させないよう、アメリカが橋本を囲んで攻撃を阻んだ。橋本は慌てずに選手タイムアウトを要求し、その時間を有効に使って最後のトライを決めた。第3ピリオド終了時、アメリカとの点差は3点。日本がリードを広げて最終ピリオドを迎えた。
すでに選手タイムアウトを使い果たしていたアメリカは、ミスしてターンオーバーすることは許されない状況の中戦っていた。切迫した状況がさらなるミスを誘う。パスが通らずラインを超えてしまうなどミスが重なり、その度に日本は追加点を挙げていった。終了間際、橋本はアメリカのインバウンドのボールを奪い取った。そのまま終了のホイッスルがアリーナに鳴り響き、橋本はボールを床にバウンドさせて喜びを爆発させた。
橋本は、決勝戦のコートに24分4秒立ち、チーム最多の19得点を挙げた。主将・池は32分間フル出場して16得点、対戦したアメリカのエース・チャック青木は30分31秒で14得点。橋本の、攻撃力の高さを示す数字である。
「東京大会以降、パリの決勝の舞台に立って金メダルを獲得したとき、自分がチームのキープレーヤーとしてそこにいたい。その一心で練習を重ねてきました」。橋本が、3年分の思いを口にした。
延長戦の末、わずか1点差でオーストラリアとの準決勝のカベを破ったが、その大事な1戦を前に、控え室で橋本はエース池崎から、こう囁かれたのだという。
「勝也、頼んだぞ」
決勝戦のハーフタイムでは、今大会で2004年のアテネパラリンピックから連続出場6大会となる、レジェンド・島川慎一が、橋本と並んでゆったりとラグ車を走らせながら、静かに語りかけた。
「自信を持って走り回れ、勝也は世界で一番強いのだから」
島川は、リラックスして満面の笑顔を見せる橋本とグータッチを交わして、後半のコートに送り出した。
もちろん、日本の悲願の金メダルは橋本一人の活躍で勝ち取ったものではない。池崎が言う。
「これまで苦楽をともにしてきた仲間と出した結果。スタッフも含めて誰か一人かけても、この優勝はなかった」
池も重ねる。
「ここに来られなかった選手、支えてくれたスタッフ、そして決勝戦を戦ったアメリカチーム。その全てに感謝したいと言うのは、選手全員が同じ気持ちでした」
世界一のチームで世界一の3.5プレーヤーとして活躍を見せた橋本は、「We are family!って、ずっとこのチームのことを思ってきた。まさにファミリーだと感じています」
2016年のリオパラリンピックで初めて日本が銅メダルを獲得して、車いすラグビーの歴史が変わった。そこから8年。東京大会の銅メダルを経て、パリ大会で悲願の金メダルを手にした。日本の車いすラグビーの歴史が、またここから大きく変わっていく。日本のチームの誰もが、口を揃えて強調する。
「日本は、本当に強くなった。自分たちのやってきたことが間違いではないことを、ここで証明できた」
表彰台の一番高いところにいる12人は、同じ思いで金メダルを胸にしたのだった。
取材・文/宮崎恵理、写真/吉村もと