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  【パリパラリンピック現地レポート】大会全体をマネジメントする戦術で、新たな歴史を切り拓いた”オリオンJAPN”

【パリパラリンピック現地レポート】大会全体をマネジメントする戦術で、新たな歴史を切り拓いた”オリオンJAPN”

9月5日、パリ南アリーナでゴールボール男子決勝が行われ、日本がウクライナを4対3で下して金メダルを獲得した。

これまで、ゴールボール日本代表は、女子が2004年のアテネ大会で銅メダル、12年のロンドン大会で金メダル、そして前回大会の東京大会で銅メダルを獲得している。男子は、東京大会に開催国枠で初出場し5位。その後の3年間で急成長し、昨年行われたIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)主催のワールドゲームズで優勝した。チャンピオンだけに与えられる今大会の出場枠を確保し、自力での出場を決めて、パリの地に乗り込んだのだった。

日本チームは、予選ラウンドで中国、ウクライナ、エジプトと対戦した。1勝2敗でBグループ3位となり決勝トーナメントに進出。準々決勝でAグループ2位のアメリカと対戦し、6対4で退けた。

予選で隠していた戦術で中国に見事にリベンジ

予選で負けた中国にリベンジを果たし、初の決勝進出を決めメダルを確定させた
中国は高いバウンドボールが弱点。予選では隠していた球筋で中国を翻弄した
日本の組織的かつ戦術的な堅い守備が、アジアチャンピオンの中国をわずか2点に封じた

準決勝で対戦したのが、今大会初戦で対戦した中国である。予選では、6対7で勝ち星をあげることができなかった。中国は、アジアの強豪で東京パラリンピック、2022年の世界選手権ではともに銀メダル、22年のアジアパラ競技大会では金メダルを獲得している。が、日本が優勝した昨年のワールドゲームズには出場していない。日本にとっては、予選で負けた中国との準決勝が、ひとつの大きな山場だった。

試合開始早々に、攻撃の要である宮食行次が先制点を決めた。持ち味である高さのあるバウンドボールが中国のゴールネットを揺らした。「高いバウンドボールは中国の弱点だということがわかっていたので、絶対に勝負できると思っていました」と、宮食が振り返る。「予選では、高さを調整してあまり手の内を見せない攻撃にしていました。準決勝で高いバウンドボールを出したことで、中国は驚いたと思います」。大会全体をマネジメントする戦術の一つが、いきなり奏功した。

前半から日本は積極的に攻撃を仕掛け、宮食のバウンドボールだけで5得点を挙げた。またキャプテンの金子和也は、相手が投球位置や距離を測りにくい左利きの利点を活かし、スピードある投球で3得点。前半だけで8対2と大きくリードした。

焦りを隠せない中国は、後半にスポーツマンシップに反する反則を犯す。タイムアウト後、中国の選手がユニフォームについた汗などの水分をボールになすりつけたのだった。表面に水分がついたボールは、乾いたボールよりもスピードが増す。アイシェードを装着した選手は、いつもとは異なるスピードに反応が遅れ、ゴールを奪われてしまうのだ。タイムアウト直後の中国に対し、審判がボールを確認してチームペナルティの判定に。金子がきっちりペナルティスローを決めて、11対2とリードを広げた。日本は前半からの勢いのまま、最終的に13対5という大差で中国を下し、決勝進出を決めたのだった。

ゴールデンゴールの瞬間、思わず飛び上がって、そのあとは瞬時に脱力した(佐野優人)

延長戦の激闘を制し、最後は佐野優人が決勝ゴールを決めて金メダルを獲得
レフトとライトの両ウイングでプレーした金子和也(左)。キャプテンとしてチームを牽引した
6人のうち誰が出ても戦力が落ちないのが日本の強みのひとつ。抜群のチームワークの良さも勝利をもたらす要因だった

そうして迎えた決勝戦の相手は、ウクライナ。ウクライナは準決勝で、東京パラリンピックの金メダリストであるブラジルを破って決勝に駒を進めていた。日本が6位だった2022年の世界選手権では、ウクライナはブラジル、中国に続く3位。やはり東京大会以降、上位に位置する強豪である。今大会、予選ラウンド2戦目で日本はウクライナに8対9で、これも1点差で敗北を喫している。

先制点を挙げたのは、キャプテン金子だった。自陣ライトから真っ直ぐに投げたボールが、相手のレフト選手にあたり、体を弾いたボールが後ろのネットに突き刺さった。

「狙い通りでした。高いバウンドではなく低めのバウンドでスピードがある投球。ずっと練習してきた攻撃です」(金子)

金子はもともと左ウイングの選手である。しかし、去年からライトポジションでもプレーすることが増えた。

「東京大会以降、パラリンピックの金メダルを目指す上で、これまでどおりでは勝てないことをチーム全員が痛感していました。そんな中、金子から“右ウイングでもやりたい”と申し出があった。難しかったと思うが、スタイルの異なる攻撃的な宮食と金子を同時にコートに入れることができるようになり、そのスタイルで去年のワールドゲームズを勝ち切れた。今の日本の大きな武器になっています」

という工藤力也HCの言葉通りのプレーだった。

試合は、前半2対2。前半終盤に途中出場した佐野優人が、後半に1得点したが、その後ウクライナも同点ゴールを決めて3対3となり、延長戦に突入した。

延長戦は前後半3分ずつで行われるが、とにかく先にゴールした方が勝者となるゴールデンゴール方式だ。

延長戦でコートに入ったのは、後半ゴールを決めた佐野、宮食、そして今大会初出場で守備を担う萩原直輝の3人だ。緊迫した攻守が繰り返される中、延長戦開始から1分半。佐野がボールを受け取ると、ライトから大きくクロス方向に回り込む助走から投球。ウクライナ選手の体で大きくボールが弾かれると、そのままゴールへと転がり込んだ。この瞬間、日本男子の金メダルが決まった。

プレー中は静寂に支配されている南アリーナのスタンドが、一気に爆発したような歓声に包まれた。

「ゴールデンゴールの瞬間、ホイッスルの音も聞こえず、ただ会場の歓声がめちゃくちゃ上がって、それで自分が決めたんだということがわかりました。思わず飛び上がって、そのあとは、もう瞬時に脱力してしまいました」と、佐野が喜びの実感を口にする。

「実際には、延長戦に入る時、どのメンバーをコートに送り出すか、すごく迷いがありました。宮食と金子という攻撃的なメンバーにするのか、佐野を入れてディフェンスから攻撃につなげる守備型にするのか。決勝の後半、佐野が入っていた時間帯にウクライナのディフェンスが佐野の攻撃に合っていないと感じたんです。佐野は、軌道を変えて投球する独特の助走で相手選手を騙すテクニックが武器です。海外の強豪選手はスピードやパワーで押し切るボールには強いが、間をずらすような佐野の攻撃に対して、つい待てずに先走ってしまう傾向がある。ここは、相手が嫌がるボールで勝負しようと。それが最後にゴールデンゴールを生み出しました」(工藤HC)

日本の戦略が、世界を制した。

東京後の3年間、厳しいフィジカル強化が道を拓き、新たなステージへ

日本は5位に終わった東京パラリンピック以降、全員でフィジカル強化に取り組んできた。東京大会に合わせて完成したナショナルトレーニングセンターに常駐するフィジカル強化の専門トレーナーが、選手一人ひとりに合わせたメニューを組み、選手はピークを見据えたプログラムに取り組んだ。例えば宮食は、東京大会の頃には100kgだったウェイト重量が、現在は120kgまで増えたという。

「ウェイトの負荷が上がるにつれて、投球のパワーも上がっていくという実感がありました」(宮食)

「今朝も、夜の決勝戦に備えて短時間で高出力のウェイトトレーニングをしました。このトレーニングをすることで体のキレが実現します。こうした積み重ねが、大舞台の結果につながりました」(金子)

選手の個性を活かしたチーム戦略と、コートで刻々と変化する攻守に自律的に対応しながら、3年間の取り組みの全てを発揮して手に入れた、金メダル。ゴールボールの日本代表「オリオンJAPAN」の歴史に、新たなページが加わったのだった。

取材・文/宮崎恵理 写真/吉村もと



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