【パラリンピック現地レポート】車いすテニス・上地結衣が2冠。「デフロートとの1戦1戦で、女子車いすテニスのレベルを向上させている、という感覚を互いに共有していると思う」
日本は、車いすテニスの王国といえる。とくに、男子は、世界的レジェンドの国枝慎吾が引退したが、代わって華々しくデビューを飾った小田凱人が、栄光の軌跡を追いかけている。
一方、女子はなんといっても、オランダが圧倒的な強さで車いすテニス界を牽引している。車いすテニスが1992年のバルセロナ大会からパラリンピックの正式競技となって以来、オランダは東京2020パラリンピックまで8大会で、シングルス、ダブルスともに金メダルを獲得してきた。どの国も、立ちはだかるオランダの牙城を崩したことがないのだ。
精度の高い攻撃と相手のミスでダブルスを制した上地結衣/田中愛美組
9月5日、ローランギャロスで行われた女子ダブルス決勝で対戦したのは、オランダのディーデ・デフロート/アニク・フォン・クート組と、日本の上地結衣/田中愛美組だ。デフロートとフォン・クートはシングルス世界ランキング1位、3位。一方の上地は同2位、田中は12位。オランダペアの方が格上であることは一目瞭然だ。
しかし、この日行われた女子ダブルスを制して女王の座を掴んだのは、上地/田中組だった。日本の女子車いすテニス初の金メダルである。
ダブルス決勝の第1セットは、オランダペアが6対4で勝ち取っている。第2セットは6対5からのタイブレークをオランダ3ポイントに抑えて日本が逆転した。
女子ダブルスは、長いストローク戦になりがちだ。田中にオランダの猛攻が集中する中、田中は粘り強く返球を繰り返した。上地は、ゲーム後半にデフロートがダブルフォルトを連発するなど調子を落としてきたことを見逃さず、デフロートにダメージを与えるようなショットを打つタイミングを見計らっていた。
「安易にディーデ(・デフロート)に返球すれば、それがチャンスになってしまうリスクがありました。田中がストレートのスライスでアニク(・フォン・クート)の足を止めるショットをきっちり打っていてくれたので、私は数少ないチャンスでウイナーを狙うことができました」(上地)
精度の高い攻撃を繰り返す日本に対し、デフロートがダブルフォルトを重ねて自ら崩れる場面も見られた。そして、第3セットのマッチタイブレーク(10ポイント先取)を10対8で逃げ切り、3時間もの激闘の末に日本が優勝を決めたのだった。
デフロートには東京パラから3年間未勝利も、直前の大会でストレート勝ちしたことが生きた
翌6日には、女子シングルス決勝が行われた。この決勝を戦ったのも、上地とデフロートだ。上地とデフロートのパラリンピックでの顔合わせは、2016年リオ大会の3位決定戦、前回東京大会の決勝に続く3回目である。リオ大会では上地が勝ちきり銅メダル。4年後の東京大会決勝ではデフロートに軍配があがり、上地は銀メダルに涙をのんだ。
6日、ローランギャロスのセンターコートであるコートフィリップ・シャトリエには、スタンドの上まで観客が詰めかけていた。第1セット、4対4からディーデが連続してゲームを勝ち取り、上地は4対6で落とした。続く第2セットでは、上地が得意とするバックハンドの強烈なショットだけでなく、スライスのドロップショットをピンポイントで打ち込むなどの攻撃が冴え渡った。また、デフロートは、第2セットに入ってからサービスのミスを連発し、9つものダブルフォルトで失点。上地が6対3でこのセットを奪い返した。
ファイナルセットの出だしは、目の覚めるようなデフロートのリターンで1ゲーム目を0点に抑えられたが、上地もリターンエースを叩き込んでブレイクする。
「カモン!」
苦しいラリーが続く場面でウイナーを決めると、握りこぶしを固く振り上げ、上地が叫ぶ。大声援が上地の声をかき消すように、何度も響き渡った。
「必ずしもリターン1本でいけるというわけではありませんでしたが、ディーデのサーブが崩れてきたことで、サーブを入れにいくような傾向も見えていました。自分のリターンのクロスに自信を持っていたので、最後までやり切ることができました」
上地5対4で迎えたファイナルセットのゴールドメダルマッチポイント、サーブはデフロートだった。いったんはパワフルなクロスへのウイナーでしのいだデフロートは、ファーストサービスをネットにひっかけ、セカンドサービスがラインをオーバー。デフロートのダブルフォルトで、上地の今大会2個目となるシングルスの金メダルが決まったのだった。
東京大会の決勝で敗北を喫した頃から、3年間、グランドスラムなどのトーナメントでも上地はデフロートに1勝もあげることができずにいた。しかし、今大会直前の7月に行われたブリティッシュオープンの決勝で、上地はデフロートにストレートで勝利を挙げた。
「クレーと芝というサーフェスの違いがあるので、勝利したプレーの全てが、今日の決勝に生きた、というわけではありません。でも、あの時の試合から、自分のサーブからのコース配分や相手に自分の立ち位置の変化を見せて翻弄させることができた。また、あの試合からディーデのフォアハンドを狙うことを意識して、今大会に臨めました。イギリスでのチャレンジがいい材料になりました」
「強いオランダをしっかり叩いた結衣ちゃんのことを本当に尊敬しています」(国枝慎吾)
東京大会以降、第1シードのデフロートをどう打ち負かすか、ということは上地にとっても、目の前の大きな試練だった。1年前から引退した国枝氏に指導を仰ぎ、何度もアドバイスを受けてきた。国枝氏は語る。
「デフロートの弱点を攻め続けること、結衣ちゃんの強みを活かすこと。正直、体格差もあり、障がいも重い。だからこそ、より高いテクニックで試合運びをする必要がある。この1年間、結衣ちゃんのレベルが非常に向上していたからこそ、手に入れることができた勝利でした」
2004年のアテネ大会以来、パラリンピックやグランドスラムで誰も成し遂げられないような勝ち星を積み上げてきた国枝氏が言う。
「女子車いすテニスのパラリンピックでは、ずっとオランダがシングルスもダブルスも金、銀を独占してきた。結衣ちゃんは東京大会のシングルスで銀メダル、今大会で金メダルを獲得したことで、オランダの歴史を崩壊させたんです。強いオランダをしっかり叩いた彼女のことを、本当に尊敬しています」
日本チームは、今年4月から映像分析による戦略を徹底させてきた。上地も、分析チームから伝えられる膨大なデータを頭に叩き込み、それをプレーにつなげている。上地は、これまで自分自身が経験してきたライバル選手の傾向と、映像分析によるデータをイメージの中で一致させて、それを実際のプレーで体現してきたのだ。サービスの配分やリターン、ストロークの狙いどころやショットの質を大きく向上させてきたことで、今回の勝利を引き寄せたのだ。
表彰台の一番高いところで、上地は金メダルにそっと口づけをした。
「今日、自分が勝つことができたけれども、ディーデに対するリスペクトは変わりません。リオ大会で私たち2人のストーリーが始まりました。私が、彼女の競技人生に火をつけたと自負していますし、そこから今度は彼女に追い越され、追いかける立場になったけれども、東京大会で彼女が金メダルを取った時、本当に嬉しかった。今も、彼女との1戦1戦で、女子車いすテニスのレベルを向上させている、という感覚を互いに共有していると思う」
晴れやかな笑顔で、上地が語る。
「今日は、勝つことができた。何より、自分の全てを出し切りました。彼女との戦いは続いていきますが、ほかの選手にも必ずチャンスがある。挑戦してほしいと思っています」
日本の、世界の女子車いすテニスの新たな1ページを開いた上地。次なるゲームで、さらに次元を超えていくことを、誰よりも心待ちにしているのだ。
取材・文/宮崎恵理 写真/吉村もと