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  悲願の世界一! デフフットサルW杯を制した日本女子代表チーム山本典城監督インタビュー(全3回/第3回)

悲願の世界一! デフフットサルW杯を制した日本女子代表チーム山本典城監督インタビュー(全3回/第3回)

11月9日~18日、ブラジルで開催された第5回ろう者フットサル世界選手権大会(デフフットサルワールドカップ2023)。世界一を決めるこの大会で、日本女子チームが見事に優勝を果たした。代表チームの山本典城監督のインタビューをお届けする。(全3回/第3回)

取材・文/編集部 写真協力/一般社団法人日本ろう者サッカー協会 取材協力/ケイアイスター不動産株式会社

――予選最終戦のブラジル戦。この時点でブラジルはすでに決勝進出が決まっていたのに対し、日本が決勝へ進むためには引き分け以上が必要でした。そして結果は7対1で日本の圧勝。予想外の大差だったのではないでしょうか。

山本典城監督(以下同) アイルランド戦後のチームの意思統一がうまくいったので、そこで一気に本当に優勝を掴むための流れが始まったかなっていうふうに今は思います。結果論かもしれませんが。ブラジル戦は選手たちはすごく一つにまとまって、いい話し合いができました。すべてがうまく行きすぎと言ったら変ですけど。ブラジルにとっては消化ゲームとも言えましたが、そもそもホームですし国民気質として負けは許されない国なので、当然勝ちに来て試合に入ったと思うんですけど、正直そういったレベルを日本が超越したというか。ブラジル相手に試合開始と同時に、この試合に勝つのは自分たちだっていうプレーを全員が見せたし、ベンチも含めてブラジルは正直その日本の勢いに飲まれたという感じだったと思います。

前半で4対1となった時点では、ブラジルもそれほど選手層が厚いわけではないので、ある程度選手の使い方とかを見ていると、このゲームは諦めたというか、このまま終わらせるんだろうなっていうことは感じました。日本はもうイケイケで得点を積み重ねて、結果7対1で終わりましたけど。

――ブラジルの地元でブラジルを飲む感じ、雰囲気っていうのは、すごいことですね。

そうですね。でも自分たちにはそんなに余裕もなくて、ただ本当に目の前の試合に勝つ、それがたまたまブラジルだったっていう、それぐらいの感覚だったかもしれないです。それで勝ったことでメダルが確定した。日本のデフフットサルの歴史で言うと史上初ですし、本当にもう全員が優勝したかのように喜ぶような状況ではありました。でも振り返ると、勝って安心はしましたけど、意外とみんなが、まだ次があるっていう感じではあったので、そこはチームの成長なのかなと思っています。

――監督から見て、その前のアイルランド戦とどこが違ったのですか。

アイルランド戦は選手がまとまっていませんでした。誰かのミスに対して他の誰かがカバーするとか、そんな空気もなかったんです。だけどブラジル戦に関しては、とにかくもう全員でサポートし合って、勝つために1人1人がやれることをやる。そこで本当にチームがまとまっていたなと思います。スタッフも含めて。本当に私も含め、選手たちのゴール1点1点に全員が飛び跳ねて喜びましたし、ピッチにいるいないは関係なく、全員が一緒に戦えたゲームだったと思いますね。

――そして、いよいよ決勝は中一日で再びブラジル戦。延長戦までもつれこむタフな試合になりました。

まず、予選リーグでやったブラジルとはまったく別チームになるというのは、試合前から選手たちにも言っていました。とはいえ自分たちがやることは変わらないし、やってきたことを出せたからこそ予選で7対1という結果につながったのであって、それを一つでも出せなければ勝つチャンスはどんどん減っていくっていう部分では、難しい試合になることは想定していました。それでも、やるべきことは決まってるよねっていうところで全員が同じ方向を向いていて、気がゆるむようなこともまったくなかったですね。

正直、私も含めてワールドカップの決勝戦は初めてでしたし、世界一を決める舞台だと考えれば考えるほど、普通の精神状態ではいられないというか。自分もどこかでなにか落ち着いた振る舞いを意図的にやらなきゃいけないのかと考えながら試合までの時間を過ごしたほどで、決して普通の精神状態ではなかったですね。ただ、自分たちはもう失うものはなかったし、本当に試合前に選手たちにも言ったんですけど、決勝に進めた時点で、正直、応援してくださる方々は自分たちのことをもう十分に称えてくれるだろうと。ここに来ただけでも、新しい場所に来ているので、勝たなきゃいけないとプレッシャーに感じるのではなくて、最後はもう自分たちがここで勝つためにやってきたこと、それだけに集中してこの舞台を楽しむことだけを考えてやろうっていうふうに試合に入りました。思ったよりもみんな気負いもなく、しっかりゲームに入れたんじゃないかなと思います。同時に、絶対勝つぞという雰囲気もありました。

――前半が1対0、後半が2対3。3対3で延長戦になって、延長前半が0対0、後半が1対1で、4対4の同点で試合が終わりました。振り返ってみて、どこがポイントでしたか。

試合全体を通してここがポイントだったというところはなかったと思います。先制点が取れたのは上出来でしたし、ただそれで終わるとは思っていなかったです。案の定、後半が始まって自分たちのちょっとしたエラーもあって失点して、ホームのブラジルは同点に追いついたことで勢いが増して、会場の雰囲気も変わった。やっぱりあの時間帯は飲まれて、それで逆転されましたが、ゲームの流れとしては想定内でしたね。起こるべくして起こっている状況ではあったので、自分の中でもそんなに焦りもなくて、結構ずっと冷静ではいられました。

そして逆転されてからですね。選手たち自身が本当にこの試合に懸ける思いみたいなものをピッチ上で体現し始めたんです。相当きつかったと思うんですよ、ゲームの展開的には。だけどいい形で同点に追いついて、そこからまた勝ち越されても、またいい形で追いついて、自分たちが積み上げてきたものをしっかりと 出していた。延長に入ってからは、もうここまできたら気持ちの問題だし、勝ちたいって思った方に結果は転ぶと思っていたので、戦術より気持ちの部分を出して行こうと。延長後半で第2PKを決められた時は、残り時間も含めてうーんってなりましたけど、でも誰1人として諦めてはいませんでした。それで最後、普段なら入らないだろうなっていうゴールが決まって同点に追いつくことができました。

――そして、PK戦は3対1で日本が見事に勝ち、世界一に!

PK戦は運だという人もいますけど、このチームはPKの練習をたくさんしてきたんですよ。8年前のタイのワールドカップの準々決勝で、イタリアにPKで負けたんですけど、それが常に私の頭の中にあって、この4年間に関しても練習試合の時にゲームが終わった後に相手チームに頼んでPK戦までやってもらっていました。そういう積み重ねが最後の場面で出たと思っています。キッカーは思いっきり蹴ることができたし、キーパーも落ち着いて好セーブすることに繋がったのかなと思います。

最後に勝利を決めたキッカーは岩渕だったんですけど、実は8年前のワールドカップのイタリア戦で、最後に外したのは岩渕なんですよ。ですので、そこから世界一を目指すストーリーみたいなものが始まっていたというか、イタリア戦で外した岩渕が最後に決めて世界一になって終わるという、こんなドラマみたいなことがあるんだなと思いながら試合を終えました。

――世界一になって、山本監督にとって、あるいは日本のチームにとって、どんな大会になったと考えていますか。

もちろん、結果としては、本当に目指していた世界ナンバーワンをとれて、自分たちがやってきたことが正しかったっていう証明ができたと思っています。本当に大会中を含めて応援してくださる方々の声というか、SNSとかも含めて、すごくチームには伝わってきていました。そういう部分では障がいのあるなしに関係なく、自分たちもアスリートとしてたくさんの方々に応援していただいて、なおかつ、いろいろな方に感動とか勇気を与えることができるんだっていうのを、結果で証明できたんじゃないかなと思っています。この結果が今後、障がい者スポーツの捉え方だったり認知を含めて、少しずつ変わっていく一つのきっかけになってほしいというのは強く思ってますし、デフフットサルを含めて障がい者スポーツの認知度を上げるためには、やはり結果がすべてだと思います。まずは結果を出さないと始まらないだろうとずっと結果にこだわってきたので、そういう意味では世界一が取れて最高の結果は得られたと思っています。

でも、帰国して数日経って考えたことは、ここからがスタートなんだなっていうことです。世界一を取ったけど、騒いでくれてるのは周りの身内というか、盛り上がってる感は出てますけど、本当はもっともっと多くのメディアの方々にこの結果が届いて、興味を持ってもらって発信してもらうことを願っていた分、まだまだかという気持ちも正直あります。まあ1回、世界一になっただけではあるので、これをきっかけにここからどう進んでいくかっていう部分では、これが始まりなのかなと思っています。実際、10年前に私が監督をやり始めたころに比べると、デフフットサルの見られ方も認知度も変わってきているのは間違いないので、本当にここからまたスタートだろうなと今思っています。

――間髪入れずにデフリンピック冬季大会が来年3月にトルコで開催されます。この大会からデフフットサルが冬季正式競技として採用され、日本は世界チャンピオンとして出場することになります。

正直、ここから3カ月の間に新しいことはなかなかできないと思うので、今回優勝した勢いをそのままデフリンピックへ持っていくっていうのが一つですね。予定では12カ国が参加することになっていますが、今回のワールドカップに不参加だったスペインやポーランドが出てきますし、イングランドやドイツ、もちろんブラジルも出ます。開催国のトルコもそれなりに運動能力ある選手たちがたくさんいるので、今回のワールドカップよりも全体的にレベルも高くなる大会になるんじゃないかなと思っています。

それと、デフスポーツの中でのデフリンピックの存在はやっぱり大きいんだなっていうのは、改めて感じています。そこに対するモチベーションの高さはどの国にもありますね。日本はワールドカップの優勝国として見られますが、デフリンピックであるがゆえにさらに簡単な大会にはならないと思っています。大会まで時間があまりなく気持ちの疲労もあると思いますが、デフリンピックもやってやるぞ! という感じで、もう1回行けるのかなとは思っています。

――われわれからすると、勝手なことを言いますけど、デフリンピックでもぜひ金メダルを取ってもらって、2025年の東京デフリンピックへ向けてデフスポーツの勢いを加速させてほしいという期待があります。

2025年の東京デリンピックを盛り上げるためには、そこまでにすべての競技で、試合はもちろん、それ以外の部分でもみんなで頑張らないといけないことがたくさんあると思います。とにもかくにもまずは競技で結果を出して世の中の方に知ってもらうことが一番大事だと思うので、ここからの2年間はデフスポーツにとっては頑張り時というか、このチャンスを少しでも掴んでいきたいですね。そういう意味では、まずわれわれが来年3月に結果を出すことは重要だと思っています。ここまで来たら、初代デフリンピック・チャンピオンを取りに行きたいですし、それが決して夢物語ではない立ち位置に自分たちはいると思うので、しっかりそこを見据えてやりたいと思います。

――ありがとうございました。デフリンピックでの優勝、期待しています!

山本典城(やまもと・よしき)
大学までサッカーをプレーした後、フットサルに転向。2013年からデフフットサル日本女子代表チームの監督を務める。今回のワールドカップでチームを優勝へと導き、最優秀監督賞を受賞した。1975年生まれ、奈良県出身。




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