神戸2024世界パラ陸上。川上秀太(男子100mT13)、大島健吾(男子200mT64)、鬼谷慶子(女子円盤投げT53)が銀メダルでパリ行き切符獲得
2024年5月17日(金)〜25日(土)、兵庫県神戸市のユニバー記念競技場で「神戸2024世界パラ陸上競技選手権大会」が開催された。2021年に開催予定だったが、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2度の延期を経て3年遅れで開催されたものだ。日本選手66名を含む、104カ国、1073名の選手が出場し、合計168種目の競技が行われた。
パラ陸上の世界選手権は、1994年にベルリンで第1回大会が行われ、今大会は11回目。パリパラリンピックが開催される同年での世界選手権は、初めてのことである。昨年のパリ大会では各種目上位4位以上の選手(国)にパリパラリンピック出場枠が与えられたが、今大会では銀メダル以上の選手にパラリンピック出場枠が与えられる。パラリンピック直前に、選考を懸けた熱い戦いが繰り広げられたのだった。
日本チームで、今大会銀メダル以上を獲得しパリパラリンピック出場枠を確保したのは、T13男子100mの川上秀太(銀メダル)、T64男子200mの大島健吾(銀メダル)、T53女子円盤投げの鬼谷慶子(銀メダル)の3名だ。大島は2021年の東京パラリンピックに続き2大会目の出場だが、川上、鬼谷は初めてのパラリンピック出場枠を決めた。しかも、世界選手権出場も初めて。今大会で、2人は、鮮烈な世界デビューを果たしたと言えるだろう。
ハイレベルの100mT13で世界に名を轟かせた川上秀太
川上が出場した視覚障害(T13)のレースには、2023年に10秒37の世界新を樹立したノルウェーのサルアムゲセ・カスハファリが出場している。予選でも同じ1組目、川上の1つ内側のレーンをカスハファリが走り、川上は2位通過で決勝に駒を進めていた。
5月20日に行われた決勝でスタート直後から飛び出したのは、アルジェリアのスカンデルジャミル・アスマニだった。川上はスムーズな加速でアスマニを猛追。ゴール直前にカスファハリに追い上げられるも逃げ切り、10秒70のアジア記録をマークして2位となった。
「パラリンピックの枠取りが達成できたことで、思わずガッツポーズしてしまいました!」。少しはにかむような笑顔で川上が語った。
「予選ではスタート直後の4歩目、5歩目付近で姿勢が崩れたことが映像で確認できたので、そこを修正して決勝に臨みました。それがスムーズな加速につながったと思います」。と、結果を振り返った。初めての世界選手権で得た、初めてのパラリンピックへの切符。
「T13の100mというレベルの高い舞台で、日本人選手が世界と対等に戦えるところを見せられたのは大きい。自分の自信にもつながります。今日は中盤から後半にかけて少し焦り気味となり、足が流れてしまったところがありました。そこを修正しつつ、基本的なスプリント力にとスタートからの加速の技術を改善できれば、パリパラリンピックでは10秒5、6台には確実に持っていけると感じています」と、力強く語った。
昨年10月の記録を3m以上伸ばした鬼谷慶子
F53女子円盤投げに出場した鬼谷は、2投目で14m49㎝のアジア新記録をマークし、銀メダルを獲得した。国際大会としては、昨年10月に中国・杭州で行われたアジアパラ競技大会に出場しているが、その時の記録11m01㎝を3m以上も伸ばすビッグスローだった。
「実際には、最近の練習では13m台を投げることもありました。が、14mは、自分の中で大きなカベだったのです。だから、正直、自分が想像していた以上の記録に、自分が驚いています」
鬼谷は大学生だった20歳の時にビッカースタッフ脳幹脳炎という難病を発症した。首や体幹に力を入れることができず、手足にもまひが残る。中学から陸上競技を始め、ハンマー投げの選手として国体に出場するなど活躍していたという。パラ陸上を始めたのは、2022年。本格的に円盤投げの練習に取り組むようになったのは、わずか1年前である。
「まずは投てきフォームを身につける練習に集中していましたが、昨年のアジアパラ以降、筋力トレーニングにも取り組み、筋力強化の成果が今日の記録につながったと感じています」
初めてのパラリンピックとなるパリ大会では「15mが目標」。「自分が競技を続ける中で、誰かのチャレンジする背中を少しでも押すことができれば嬉しい」と、語った。
躍進のブラジルが示す日本が進むべき道
今大会、日本が獲得したのは銀メダル9個、銅メダル12個、総数21個。メダル総数では、中国、ブラジル、アメリカに次いで4位だった。一方で、日本の金メダルはゼロに終わった。今大会で目立ったのは、従来から活躍が顕著な中国やアメリカに迫る、ブラジルの躍進だ。金メダルランキングでも、メダル総数でも2位を誇る活躍を見せた。
ブラジルパラリンピック委員会のハイパフォーマンスディレクターであるジョナス・フェレイラ氏によれば、2016年のリオパラリンピックを機に強化プログラムを推進してきた成果によるもの、という。サンパウロにナショナルトレーニングセンターが設置され、27州ある広大な国土には、小規模のトレーニングセンターが50カ所以上も点在する。学校教育プログラムを活用しながら、子どもから大人まで幅広い年齢層の障害者を対象に発掘・育成が進められてきた。「リオパラリンピックから8年を経て、ようやく強化体制の成果が出てきている」と、語る。
東京パラリンピック以降の日本の成長について、日本パラ陸上競技連盟・強化委員長の宍戸英樹氏は、「東京大会での活躍を見て、本格的にパラ陸上を始めたという新しい選手の活躍が今大会の成果につながりました。日本パラリンピック委員会をはじめ、パラスポーツ全般で選手の発掘・育成が進められています。その中で、選手の発掘だけでなく、優れた選手を見つけるための“目利き“となる人材の育成にも力を入れるべきだと感じています。日本パラ陸連では、パラ陸上競技に精通したコーチの資格制度を新たに作り、有資格者による選手の発掘・育成を進めていく方針です」
選手の発掘・育成は短期間ですぐに結果が出るというものではない。ブラジルは8年をかけて成果を出してきた。日本でも5年後のロサンゼルスやその先を見据えて育成に取り組むという。
パラリンピック本番直前に行われた真剣勝負のレースで、選手たちが得たものは、大きい。この経験が、今夏のパリ大会での結実につながると期待したい。
取材・文/宮崎恵理 写真/吉村もと