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  車いすで「信越トレイル」に挑戦!

車いすで「信越トレイル」に挑戦!

ヒッポキャンプ(アウトドア用車いす)で110㎞を踏破する前人未到の大プロジェクト

車いすで山に登る。考えただけで、かなりの苦難が伴うことは想像に難くない。それなのに車いすで全長110㎞、標高差1893mの信越トレイルに挑戦しようというのが小林博子さん。前代未聞の壮大な挑戦をしようと思ったのはなぜか。2023年7月に試走で信越トレイルを訪れた小林さんを取材した。(この記事は「パラスポーツマガジンvol13(2023年9月27日発売)」に掲載の記事を一部加筆修正したものです)

5年をかけて完全踏破を計画

「信越トレイル」という長野と新潟の県境、開田山脈から苗場山麓エリアへ続くトレイルがある。長野県の斑尾山山頂からブナの森を抜け、日本古来の文化が残る秋山郷を通り、新潟県の苗場山山頂の高層湿原へと至る、全長110キロのロングトレイルだ。頂上を目指す登山とは異なり、尾根や渓谷、里山を歩いて楽しむことを目的に作られた。山頂を目指さないとはいえ、最高地点の標高は2145メートルにもなり、急斜面はもとより鎖場もある。

この日本屈指のロングトレイルに、アウトドア車いすの「ヒッポキャンプ」で5年をかけて全線踏破にチャレンジしようというのが、40歳で事故により頸髄を損傷し手足に障がいがある小林博子さんだ。2023年7月4日、小林さんが本番前に信越トレイルの試走を行った。ヒッポキャンプでうまく通ることができたのか。長野県の斑尾山の北側、信越トレイルのセクション2で取材した。

ヒッポキャンプは、フランス製のアウトドア用車いす。軽量かつ耐久性の高い素材で作られ、前輪に幅広の一輪を採用した3輪タイプ。操縦者用のディスクブレーキも搭載され基本は3人で介助する

登りたい気持ちを大切にジャスト ワン トレイル

小林さんが信越トレイルをヒッポキャンプで踏破しようと思ったきっかけは、52歳のときにデンマークのエグモント ホイスコーレに留学したことだという(2019年8月〜12月)。エグモント ホイスコーレンとは、特別な支援が必要な障がい者でも健常者と一緒に、スポーツ、アート、福祉などの科目を学ぶことができる寄宿舎型学校のひとつ。全生徒の3分の1が障がい者だという。

「アウトドアスポーツが好きで、若い頃からダイビングやキャンプを楽しんでいましたが、けがをしてからは諦めていました。しかし、エグモントに留学して、自分がやりたいという気持ちさえあれば仲間に頼んで一緒に楽しく遊べるというのがわかったんです。帰国して1年ぐらい経った頃、エグモントで一緒だった女の子が、女性だけのグループで登山をした映像で見て、すごくカッコよかったので、自分もやりたいと思ったんです」

そこで小林さんが目指したのはロングトレイルの走破。一緒に活動してくれる仲間は、エグモントで知り合った人たちに声をかけた。そして運よく、ヒッポキャンプを使ったプログラムを実施している「なべくら高原森の家」と信越トレイル事務局が協力してくれることになった。

中央がこのプロジェクトの発起人の小林博子さん。小林さんを取り囲むのが今回のプロジェクト「just one trail」のメンバー。向かって左手前から時計回りに、平田さん、藤山さん、小泉さん、大田さん、石川さん。最後列は左から「なべくら高原 森の家」の小林さん、青木さん、信越トレイルクラブ事務局の鈴木さん、佐藤さん

小林さんは、以前は信越トレイルのことには詳しくはなかったが、このトレイルを構想したものの全線が開通するのを見ることなく病で亡くなった加藤則芳さんの「歩きながら自然に触れ生き方を学ぶ」という理念に共感し、このプロジェクトを通してみんなに伝えたいと思うようになったという。

初参加のメンバーにヒッポキャンプの扱い方をレクチャーする「森の家」の青木さん(右)。障がい者が自然の中で楽しむための専門的な知識を有するユニバーサル・フィールド・コンシェルジュでもある
今回、ヒッポキャンプに初めて触れる小泉さん(左)、藤山さん(右)、石川さん(中)は、出発前に扱い方の練習

今回試走したのは、信越トレイルのセクション2、赤池〜沼の原湿原の間の赤池ブナ林トレイル。距離はおよそ2キロ弱で比較的歩きやすいセクションだ。

赤池の南側の尾根上に作られた赤池ブナ林トレイルは、名前の通りブナ林の中を通り、豊かな自然を堪能できる。休憩時に森林浴を満喫するメンバーたち
 
登りや下りでは介助者がハーネスを通してヒッポキャンプを支えなければならない。気を抜くと落ちてしまう
比較的容易なセクションであるとはいえ、沼の原湿原の手前には急な下りがある。ヒッポキャンプを支えるには、メンバー、スタッフみんなで息を合わせることが非常に重要
 
沢にかかる橋を渡る際は5人でヒッポを支え、信越トレイルと森の家のスタッフが左右をサポート
木道を避けエスケープルートに向かう際、小林さんを引きずりながら運ぶ。木道が狭いことは信越トレイルのスタッフにより事前にわかっていたが、本番前のトレイルの下調べの重要性を痛感
スマートフォン用「スーパー地形」アプリで計測した、赤池から沼ノ原湿原までの試走の軌跡。上のグラフは軌跡の高低差を表している

試走を終えて、最大の問題点は、ヒッポキャンプの車輪の幅より木道の幅が狭いこと。これでは単純に押して進むことは困難だ。森の家の青木さんによると、使用する車いすの機種の変更も視野に入れて対策を検討したいということだった。歩くのが容易なトレイルでも、ヒッポキャンプの場合、かなりの労力が必要になるのがわかった。また、ヒッポキャンプの扱いに慣れるのはもちろん、自然を楽しみながら歩くことの大切さを再認識した。

小林さん自身の課題もあった。「体をしっかり固定しないと押す人がバランスを取るのがむずかしくなってしまうので、体幹ベルトを2本持って行きました。それでズレはないのだけれど、加齢もあり体幹が弱くなっているので横揺れに弱かった。本番に向けて体幹を強くするリハビリもしていけたらと思いました」

5年で達成予定というこの壮大なプロジェクト。はたしてどんな試練が待ち受けているのだろうか。

取材・写真/辻野 聡  取材協力/なべくら高原・森の家、NPO 法人 信越トレイルクラブ事務局



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